第50話 面会②

満足についていない灯り、遠くから聞こえる囚人たちの声、冷え切った石の硬い感触と寒さを防ぐには心許ない藁。目の前には網目模様に張り巡らされた鉄格子があり、そこには大きな錠前が付けられていた。

 牢の奥には薄暗い部屋をわずかに照らす太陽の光の入る窓が備え付けられてはいるが、人の身体の半分にも満たない薄い幅の窓であるため脱獄は不可能だ。

 所々に苔が生えている地下牢の中、アレクサンドルは座っていた。禁止薬物所持の、凶悪犯罪者として。

 

 警備をしている衛兵の話によると、彼は 喚く事もなく……暴れる事もなく牢の中で静かに暮らしているらしい。貴族の令息令嬢が入れられれば、数日は泣き喚くであろう牢の環境に流石のアシュリーは息を呑んだ。そしてそれに順応しているアレクサンドルにも驚きを隠せなかった。


 アシュリーが牢を訪れた時、アレクサンドルは虚空こくうを見つめていた。アシュリーたちがいる事に気づくであろう場所に彼はいるのだが、まるで見えていないかのように目の前にある指先をじっと見て笑っている。学園で称されていた王子様のような笑みではなく、口角だけが上がり感情が篭っていないニヒルな笑みがまた不気味だった。


 彼女は後ろにいたアルスに視線を送ると、彼と近衛兵はアシュリーの前に一歩出て彼女を守る体制に入る。その陣取りが終わったところで、アシュリーはアレクサンドルに声をかけた。



「アレクサンドル様」

「ああ、アシュリー。来るのが遅かったじゃないか。君に会いたかったよ。あ、何か用意させるね?」


 

 どちらかの屋敷であれば何とも思わない発言だが、ここは囚人牢。場違いな発言に驚いてしまうアシュリーだが、表情を変える事はない。そしてアレクサンドルはアシュリーしか見えていないのか、見ていないのか……護衛として侍っている男性陣には目もくれない。

 きっと頭がおかしい状態でなければ、この環境も耐えられないのだ、そう思ったアシュリーは満面の笑みでこちらを見ているアレクサンドルに告げた。


 

「いえ、今日は遠慮しますわ」



 アシュリーもここに長居するつもりはない。その意を込めて、彼の言葉を拒否したその瞬間。アレクサンドルから笑みがなくなり、ほんの一瞬だけ表情が抜け落ちた彼とアシュリーの視線が交わる。

 だが、それも瞬きの間の事だった。アシュリーも見間違いではないかと疑いそうなほど。

 すぐに笑顔を取り戻したアレクサンドルは、頭を掻きながら困ったように告げる。

 

 

「……釣れないなぁ。今日はアシュリーの好きな店舗のお菓子も用意したのに……まだ怒ってるの?」


 

 まるで聞き分けのない子をあやすかのような声を出し、眉を下げているアレクサンドルは、目の前に置いてあったパンを指している。後々聞いたら、「面会がある」と伝えられた際に、彼が何か食べ物を、と所望したらしく、その時に渡されたのがパンだったそうな。


 

「私が怒っていると、どうして思われたのですか?」

「この前僕がアシュリーを手籠にしようとした事。あれで君は怒っているから、僕と会わなくなったんだろう?」



 そう微笑んで話すアレクサンドルは、無邪気な子どものように話す。アシュリーが口を開く事なく微笑んでいれば。興が乗ったのか、彼は意気揚々と話し出したのだが、次の言葉はアシュリーだけでなく、男性陣ですら表情を変えるような言葉だった。

 


「性急にアシュリーを求めてしまったから、驚いたのだろう? もう少し雰囲気を考えるべきだった。それは僕も悪いと思うんだ。だけどそれより問題なのはアシュリーの行動だと思うんだよね。ああ、もっと……もっと……アシュリーを躾けておくべきだったか。そうすればあの時僕に水をかけて逃げるなんて事しなかったと思うんだ。ちょっと早まってしまったよ」


 

 肩を竦めてなんて事ないように言うアレクサンドルに、アシュリーは寒気を覚えたほどだ。

 左隣に佇んでいたアルスは、彼の言葉を聞いて握り拳に力が入っていたし、彼女を守るために来た近衛兵の二人は思わず槍を持つ手に力が入ってしまったようで、カタンと槍が地面にぶつかる音も聞こえ、そして後方からダンっという何かを殴ったような音も聞こえた。

 自らの世界に入りきっているアレクサンドルは、真っ直ぐな視線でアシュリーを射抜いた。



「きっとアシュリーも、甘やかして躾をして可愛がれば僕の言う事を聞く僕の理想の可愛い子になっていたはずなんだ。次は失敗しないから、大丈夫」

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