第49話 面会①

 カツーン、カツーン、と歩く音が周囲に響き渡る。


 アシュリーは現在、陽の入らない地下へと続く石畳の階段を、蝋燭の灯りを頼りにしながら降っていた。彼女の後ろには念の為にとサイラスがつけた近衛兵二人と側近であるアルスが彼女の供として続く。

 何故このような場所にいるかと言えば、彼女は地下牢に捕えられているアレクサンドルと面会するためだ。


 

 公爵家でサイラスに助けられてから一週間ほど経った。

 

 

 国王権限による内密に行われた強制捜索。それは後日内々に公表され、国内の貴族たちに衝撃を与えた。国王権限による命は滅多に出ることがない。一代で一度出るか出ないか、と言われている。現に前国王時代には一度も発令されたことはない。

 

 今回に関してはやはり禁止薬物の所持という点が大きかった、と後に陛下も話していたらしいが、こんなに迅速に命が出されたのは父であるサンタマリア侯爵とサイラスの説得によるものでもあったそうな。

 

 実はアシュリーが茶会に向かっている最中に、預けていた薬物の鑑定結果が禁止薬物であったと判明した。その時点で陛下は強制捜索をすべきかどうかで、悩んでいたそう。王妃陛下は捜査をすべきではあるが、公爵夫妻は王宮の貴賓牢で監禁しており、もう少し様子を見ても良いのではないかとも考えていた。

 

 だが、それを否定したのがサイラスとサンタマリア侯爵である。

 

 現在アレクサンドルは既に弟のソロモンと男爵令嬢であるルイサに原液を使用している。今でさえ血のつながった家族だけでなく家族以外の他人に使用しているのだ。その矛先が他の貴族、一番は婚約者であるアシュリーに向かわないわけがない、と。

 彼の目的は分からないが、手段を選ぶような男ではない。薬物を隠蔽する可能性もある事を考えれば、時間の問題であると主張したのだ。


 最終的にその時下した判断は最良の結果となった。アレクサンドルは禁止薬物の使用で捕縛する事もでき、アシュリーも間一髪で助ける事ができたからだ。もし彼女に何かあれば、影の頭領であるサンタマリア侯爵の離反の可能性も否定できない。あの時の英断に両陛下は彼女の無事を聞いて胸を撫で下ろした。


 ちなみに公爵夫妻が犯していた違法取引の証拠は既に揃っていたため、両陛下は数日前に使者を派遣して登城命令を出していた。公爵家の馬車が王宮に入った時点で、彼らは牢に入れられ取り調べを受けていたのだそう。


 またその日の夜、アゲット男爵家に勤めている一人の男……アパタオも秘密裏に逮捕された。彼の逮捕に一役買ったのが、ヴェリタスである。

 アパタオの不在が不審に思われないように、裏から手を回していたのである。周囲には「昨日家まで送った。体調不良のようだ」と話し、男爵夫妻には「アパタオはアレクサンドルの指示で外出している」と、公爵家に恩を売るよう言いくるめたのはヴェリタス――ジョウゼフの手腕。


 男爵夫妻もそれで納得したのだというから、やはり野心があったのだ。ルイサの兄であるザカリーとは正反対だ。


 

 そして二日後。男爵家とルイサの婚約者の実家であるストークス子爵家へと陛下より使者が送られ、登城命令が出された。


 ヴェリタスの報告によれば、登城命令の時点で男爵夫妻はアゲット家のワインが王家御用達になるのだと思ったらしい……勿論、ヴェリタスによる誘導もあると思うが。その後夫妻ともに街に出掛け、上から下までの服飾を全て一新したというからよほど自信があったようだ。


 勿論現在のワインの功績はザカリーによるものであり、男爵夫妻が関わっていない事などこちらは理解しているのだが、息子の手柄は父のものであると思っているらしい。本当に、何故あの夫妻からできた二人が育ったのか、知りたいくらいだ。

 そもそも手紙が二通あり、息子娘も登城命令が出されていることから察する事もできるだろうが……自分たちで舞い上がりそこまで考え付かなかったのだろう。


 ちなみに新調したのは自分たちだけで、ザカリーとルイサには何も贈らなかったのだが、そこはザカリーの婚約者であるサラとワイト伯爵夫妻が嬉々として既製品の中から選んで服飾を贈ったとの事。


 

 一方のストークス子爵家には、サイラスが使者として足を踏み入れた。エディーから「アシュリーはルイサ嬢を気に入ったようだ」と話を聞いたため、その婚約者であるストークス家の状況を把握しようとしたのだ。

 

 ルイサが事件に巻き込まれていた事を伝え「二人を婚約白紙に戻す事もできる」という話をする。簡単に言えば、真実を知る気概があるかを試したのだ。


 最初はポカンと口を開けていた子爵夫妻だったが、その後いきなり笑い出したらしい。



「使者殿、大変失礼を致しました。ですが、我々を見くびらないでいただきたい。彼女の事は私たちの家族同然に思っております。事件に巻き込まれたからと言って、手放しませんよ。そう第二王子殿下にお伝えいただけますでしょうか」



 手紙は国王陛下の印が押されており、普通であれば「陛下にお伝えを」というべきところではある。だが、子爵が敢えてサイラスの名を出した事で、使者がサイラスである事を見抜いている事を暗に示している。

 このやり取りでサイラスは子爵家の事も気に入り、王家御用達の後押しをする事も決めたのである。

 



 翌日、何も疑う事なく登城した男爵夫妻はそのまま座敷牢へ案内された。彼らが入った牢は王宮の一室を利用したものだったため、本人たちは応接間だと思っていたらしい。

 しばらくして彼らの元にやってきた聴取官の話を聞いて、やっと自分たちが取り調べを受けている事を理解したくらいなのだから頭がおめでたいのだな、とアシュリーは思った。


 取り調べではアパタオやアレクサンドルの所持していた薬物との関与と、公爵夫妻の違法取引の関与は否定されたため、二人は胸を撫で下ろしたのだろうが……その後息子のザカリーが男爵位を引き継ぐ事が明示され、彼らの処遇は追って伝えると言われた時の絶望は如何程だろうか。


 禁止薬物の所持を見逃していた、だけなのでそこまで重い処分ではないだろうが、何もしなかった彼らには重い処罰に感じるかもしれない。



 彼女は下へ下へと降りていく。


 アシュリーが面会を決めたのは、彼の取り調べでの態度を父から聞いたからだ。彼は数度行われた取り調べで、微笑むだけで何も話さなかったとの事。

 禁止薬物と、アパタオの証言や指示書などの物的証拠はあるため彼は刑を間逃れる事はないが、何も話さず微笑み続ける彼に、調書官は困惑を露わにしていたほどだ。


 その話を聞いて、アシュリーは自身がアレクサンドルに面会する事を決めた。

 

 最初、アシュリーが陛下へアレクサンドルに面会する事を奏上した際、サイラスは反対していた。一方でアシュリーは「私が訪ねれば、反応を引き出せる」と言って頑として譲らなかった。

 

 調書官の戸惑いを知っていた陛下は条件付きで彼女の面会を認めたのだが、その条件は数人の護衛をつける事、護衛が危険と感じたら面会中止となる事の二点だった。

 アシュリーはその条件を了承し父の選定で近衛から二名、影から一名護衛をつけたアシュリーと、会話を書き起こすための筆記者二名が面会へ行く事が決まる。その時、サイラスも行くと声を上げたのである。


 だが、サイラスの同行に待ったを掛けたのが陛下だ。

 今でこそ静かに牢の中で過ごしているアレクサンドルだったが、公爵家で捕縛された際、アシュリーを抱いていたサイラスに罵詈雑言を浴びせていた。むしろその時の事を思い出させてしまい、暴れて危害を加える可能性も否定できないと首を横に振ったのである。

 最初は少し渋ったサイラスだったが、最終的に「サイラスではなく側近のアルスも同行させる」「サイラスはアレクサンドルから見えない場所で話を聞く」この二つを折衷案として陛下に提案し、受け入れられたのである。


 そのため彼は先行するアシュリーたちとは距離を開けて入ってくる予定だ。

 

 薄暗い階段が続いて気分は少し滅入っているが、アレクサンドルの収容されている牢まで、後少し。

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