第48話 拘束
「殿下、何故……」
そうアレクサンドルは声を上げたが、先程侍女から殿下を応接間に案内した話を思い出したのか、はたまたサイラスたちの後ろにいた執事の口には布が、両腕には縄が結ばれているのを見たのか……彼は口を閉じた。
サイラスは感情のない冷たい視線で黙り込んだアレクサンドルを見つめている。その視線には侮蔑と憤怒が混じっている事にアレクサンドルは気づいているだろうか。
サイラスは大きくため息をつき、彼を睨みつけながら言い放った。
「何故、だと? こちらは散々火急の要件で来たと使用人に伝えていたのだが? それなのにはいくら待っても来やしない。やっと来たと思ったらお前ではなく執事で、しかもそいつは言い訳しかしない。だから、俺がお前を探すと立ち上がったのだが、執事はそれも拒否をする。流石に堪忍の尾が切れてな」
後ろに控えていた側近兼護衛のアルスと護衛として付いてきたであろう近衛兵の一人は、音を立てることなくサイラスの前に移動するが口を挟むことはしない。勿論、後ろに佇んでいる二人目の側近であるエリオスもだ。
元々サイラスが事前に「この件は任せて欲しい」と頼んでいたから、というのもある。だが一番は、彼が怒り狂っている時に口を出してしまえば、攻撃対象として見做される事を知っているからだ。
サイラスの事だ。上手く事を運ぶであろうことは二人とも理解している。だから、彼らはサイラスの盾となりえる位置を陣取ったのだ。
二人の圧も感じつつもアレクサンドルは、三人に非難の目を向けた。
確かにこちらの不手際ではあったが、執事に縄をかけるのはやり過ぎだと感じたからだ。
「しかし……我が家の使用人に縄を掛けるのはやり過ぎではありませんか? なんの咎もない我が家に対して、横暴では? 王家はこのような事を許されるのでしょうか」
「咎がない……か……」
そう彼に告げられ、眉を顰めるサイラスたち。その表情を見て痛いところを突いた、とでも思ったのか、アレクサンドルは鼻息荒くサイラスへと詰め寄ろうとするが、側近二人に阻まれ近づく事はできない。
だが、それでは困るのだ。アレクサンドルの婚約者であるアシュリーは、未だにサイラスの腕の中。アシュリー本人は今の展開についていけないのか、呆然とサイラスの顔を見ており動く気配もない。
一刻も早くアシュリーを取り返さなければ、と考えたアレクサンドルは、サイラスを攻撃し続ける。
「ええ、我が公爵家に咎などありません。殿下、その上、我が婚約者にいつまで触れているのですか? 王家は私の婚約者を横取りしようとでもお考えなのでしょうか? 私の婚約者をお返し下さい」
その言葉で呆けていたアシュリーは、今の状況を理解したらしい。焦って離れようと身体を動かしているようだが、サイラスが更に力を込めたのか、二人が離れる様子は見られなかった。
アレクサンドルの中で苛立ちが募る。もう少しで自分の夢が叶うところまで来ていたのだ。それを唯一ひっくり返す事ができる可能性がある第二王子殿下に邪魔されるなど、もっての外である。
だが、サイラスはそんな彼の思惑などまるで見透かしているかのように、アレクサンドルの瞳をじっと見つめている。
その状態が続き、痺れを切らしたアレクサンドルが再度サイラスに声をかけようとした瞬間。
「本当に咎がない、とお前は言えるのか?」
サイラスが彼の言葉よりも先に疑問を投げかけた。一瞬何の話か理解できなかったアレクサンドルも「勿論です」と胸を張って堂々と告げる。それ以降も喋ろうとしないサイラスに、アレクサンドルの堪忍の尾が切れそうになったその時。
「そうか、お前にはまだ要件を告げていなかったな。エリオス、あれを」
「承知致しました」
エリオスは後ろに佇んでいた執事服の使用人から箱を受け取り、その中に入っている一枚の紙を取り出して、サイラスの右後ろで見やすいように縦に広げる。
「我々が今日ここへ来た火急の要件だが、これだ」
サイラスがそう告げると同時に、彼の視線が紙に向かったため、アレクサンドルはそれに釣られて思わず紙へと視線を向ける。するとその紙の右下には、国王陛下が承認する際に使用する獅子の紋章を模った印が押されていた。
「これがなに……か……?」
誰かが息を呑んだ音がアレクサンドルの耳にも届き、その音を発生させたであろうアシュリーの方へ顔を向ければ、常に笑みを湛えており表情が変わらない彼女が、まるで顎が外れたかのように口を開いており、二の句が継げないでいる。
その姿に只事ではないと考えたアレクサンドルは、取り急ぎエリオスが掲げている紙の内容について確認しようと目を細めたところで、サイラスの声が耳に入る。
「お前は知らないだろうが、本日公爵夫妻が違法取引によって王城で拘束された。そのため国王陛下より、第二王子である我、サイラスがこの屋敷の強制捜査を命じられている。対象はトールボット公爵令息、屋敷内外、使用人全て。その際反発する者は捕縛して良いとの許可も得ており、この執事は我々に反発したと見做し捕縛したのだ。これで理解したか?」
サイラスの言葉に表情が一気に抜け落ちたアレクサンドル。彼が今まで積み上げてきたものが、全て手からこぼれ落ちる瞬間だった。そんな魂の抜けたようなアレクサンドルをサイラスは冷酷な視線で見下ろしていた。
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