第46話 油断
――やられた。
アシュリーは回転の鈍る頭で目の前でニタリと笑っているアレクサンドルを睨みつけた。
今朝、アレクサンドルが彼女の屋敷に迎えにきたため、彼女はルーシーと共に馬車に乗り込んだ。
公爵家の屋敷に辿り着いた後、北西側にある裏庭のガゼボに案内される。元々次の茶会は裏庭で行う事は知っていたので彼女はアレクサンドルの後ろについていき、ガゼボの椅子に座ったのである。
兄からサイラスの話を聞いたのは個室の件があったその夜。何があるか分からないから、とエディーはアシュリーに今週の茶会を止めてはどうか、と提案された。
その提案に首を横に振ったのはアシュリー自身。ここで茶会を延期してしまえば、今以上に状況が悪化する可能性があると考えた。
兄の言う通り万が一の事を考え、彼女はミルクのような乳白色の物に注意を払っていた。焼き菓子は程々に食し、紅茶はオレンジの果物茶だったのでストレートで。そう、注意していた。
だが数時間経ったところで、後ろからガタンと何かが倒れる音がした。驚いたアシュリーが後ろを振り返ると、ルーシーがその場に倒れている。慌てたアシュリーが声をかけようとしたその時、身体が思い通りに動かない事に気がついたのである。
鈍器で殴られたように重くなった頭を持ち上げる。ここで頭をテーブルについてしまえば、何が起こるかわからない。そもそもあれは遅効性の毒。発症するにはまだ時間が早い。
アシュリーは肩で息をしながら、震える唇でなんとか声を絞り出した。
「……私たちに、何を、されたのですか?」
「ああ、やっと薬が効いてきたね……。大丈夫、君の大切な侍女には手荒な真似はしていないから。眠ってもらっているだけだから、安心していいよ……言われて試してみたけれど、発症時間が半分くらい短くなったね。まだ使い勝手が悪いから、もう少しどうにかしないといけないけれど、君を手に入れるには十分な時間だったよ」
満面の笑みで薬を盛ったというアレクサンドルに、彼女は寒気を覚える。
思わずアシュリーは「何故……?」と呟いていた。
彼女にそう問われ、アレクサンドルはこちらを見下ろしながら舌舐めずりをする。
「何故?何故だって?それは君を手に入れるために決まっているじゃないか」
「私を……? 貴方は、ルイサ嬢が――」
私ではなくルイサ嬢を囲いたいだけのはず、そうアシュリーは伝えようとしたが、その前にアレクサンドルが彼女の言葉を遮り話し出した。
「はは、ルイサだけじゃ意味がない。僕は完璧でなくてはいけないからね。誰もが僕を羨み、称賛されるためには絶対君が必要なんだよ? ルイサは男爵令嬢だし病弱だ。そんな彼女が公爵夫人の公務をこなす事などできるはずないじゃないか。君は僕を慕ってくれているのだろう? だからルイサを愛妾にする事も認めて未だに僕と婚約を結んでくれているんだろう?」
そう言ってこちらを見るアレクサンドルの瞳には狂気と興奮が入り混じっている。そして彼はアシュリーを見ているようで、アシュリーではない何かを見ている……そんな不気味な感覚を味わう。
だが、彼女が思考できたのもそこまでだった。彼女はテーブルに肘を立てた手で、耐えきれずに落ちてくる頭を支える。その姿を見てニチャリと笑みを深めたアレクサンドルの表情はすぐに婚約者を心配する公爵令息の表情に戻る。
「大丈夫かい? ……顔色が悪い! 誰か休憩室の手配を!」
耳に入る言葉に白々しい、そう考えたアシュリーの思考はそこで途切れてしまったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます