第44話 Ep エディー

 夕方から始まった会議が終わり全員でそのまま夕食を食べた後、エディーは闇夜に紛れてある場所へ向かっていた。

 彼が歩いている道は週に何度も通る道なので、勝手知った道だ。顔見知りで警備の少ない裏門を通り、黒いローブから使用人に変装した彼は、調理場で紅茶を要請し、ワゴンへと乗せて堂々と第二王子殿下の執務室へと向かう。


 サイラスから「夕食後に来い」との連絡が、会議の直前に届いたのである。

 そのためいつもの手口でエディーが向かうと、執務室にはサイラスとエリオスがいた。サイラスは机の前に立ちながら、何かを考え込んでおり、エリオスは彼の机で書類を裁きながら、主である彼を一瞥してはため息をついていた。


 エディーが執務室に入ったことに気付いたのはエリオスだった。



「エディー、お待ちしていました……殿下、エディーが来ましたよ……殿下?」



 彼の言葉にも反応しないサイラスを呆れた目で見るエリオスは、うろちょろしている殿下の横を通り過ぎ、エディーに近づいた後、耳打ちした。



「アレクサンドルとアシュリー嬢の茶会を陰から見ていたらしいですよ。仲睦まじいお二人を見て、衝撃を受けたようです。仕事はされるので問題はありませんが、手持ち無沙汰になるとこうなってしまいましてね……本当に色恋沙汰に関してはとことん消極的なお方ですよねえ、エディーもそう思いませんか?」



 そう言って苦笑したエリオスはサイラスの元に歩き、彼の肩を叩く。

 意識をどこかに飛ばしていたらしいサイラスはエリオスを凝視する。そんな彼の様子を知らないと言わんばかりにエリオスはエディーを指差した。



「お呼びになったエディーが来ておりますよ。いつまで呆けていらっしゃるので?」


 

 エリオスはそう言って使用人の格好をしたエディーを指差した。




「みっともない所を見せた」

「いつもの事でしょうに……」

「エリオス、うるさいぞ」



 サイラスはため息をついたエリオスを睨みつけるが、そんな睨みも彼には全く効かないらしく、足りないカップを用意すると言って、給湯室に向かって歩いて行く。

 彼の背中を見送った後、エディーは二人分のカップに紅茶をつぎながら、軽い口調でサイラスへと声をかけた。



「サイラスが呼び出すなんて珍しいな。何かあったのか?」

「ああ、アレクサンドルの件だ」

「あいつが?」


 

 エディーは思わぬ言葉に眉を顰めた。

 一番最初に考えたことは、もしや今回の捜索の件がバレたのか、ということだった。いやそれだったら事は動いているはずだ、とエディーは思う。表面化していないだけの可能性も高い。

 サイラスの洞察力は父が認める程であり、彼が気になったという事を聞いておけば、用心に越した事はない。


 先程とは同一人物なのかと思うほど真剣な瞳で、彼はエディーの淹れた紅茶に口を付けた。



「本日、アレクサンドルが午後から私の元で働いていた。だが、その時の様子がどうも気になってな」

「どんな様子だった?」

「笑みで隠してはいたが、あれは怒りの感情を内に秘めていたな」

「昨日覗き見していた時とは大違いでしたか?」

「エリオス……」



 ソーサーとカップをテーブルに置き、そこへ紅茶を注ぎつつ揶揄うように話すエリオスに、サイラスは眉を寄せる。それを見て彼は肩を竦めた。



「揶揄ってはいませんよ。サイラス、大真面目な話です。土曜日アシュリー嬢と共にいた時のアレクサンドルの様子にそのような兆候がなければ、その原因は土曜の帰宅後から日曜日の午前中に絞られるではありませんか。アレクサンドルが何故怒りを溜めているのか、その原因を導き出す事が必要だと思うのですが。エディーもそう思いませんか?」

「まあ、エリオスの言う通りだな」


 

 エディーは内心、先程の意見半分揶揄い半分で発言したのだろうな……とは思うが、エリオスの言う事は正しい。首を縦に振って肯定すれば、二人に肯定されて分が悪いと感じたサイラスは、頭を掻いた。



「そうだな、茶会の時は怒りの感情を感じなかったな……遠目だから確信は持てないが」

「つまりアレクサンドルは茶会後から今日の午前の間で不愉快な事があったのでしょうね」



 茶会後は分からないが、午前中といえば男爵令嬢宅への見舞いをアレクサンドルは断られている。それが原因の可能性が高い。アレクサンドルは見舞いの時にしか男爵令嬢の姿を見る事ができないはずだ。そう考えると、執着している男爵令嬢に会えない苛立ちが外に出始めているのかもしれない。

 現在アレクサンドルの執着は男爵令嬢に向かっているが、最近毎日会っているアシュリーに対する執着心も出てきているのだろうか。ザカリーを呼び寄せた事で事態は進んだが、少々まずい方向に舵を切っているのではないか、とエディーの胸中に不安が押し寄せていた。

 

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