第41話 報告

夕食後、父の執務室に集まったのは公爵とアシュリー、エディー。そしてエディーと同じ諜報員のローブを頭から被って扉の前に佇んでいるのは、彼と協力体勢を組んでいるトビー。本日の参加者はこの四名となる。


 まずアシュリーからという事で、報告書を回して話し出す。



「私からは本日のお茶会についてです。結論をお伝えしますと、ルイサ嬢はヴェリタスの報告同様白だと判断いたしました。根拠は彼女の態度です」



 アシュリーは開口一番の言葉が謝罪であった事、そして彼に対して嫌悪を感じている事、ヴェリタスの報告と相違が見られない事からそのように判断したと伝える。



「特にアレクサンドル様の事を彼女は頑なに『公爵令息様』とお呼びしておりました。なぜその呼称なのかと尋ねれば、彼女は眉を寄せながら『名を呼ぶのが嫌だから』とのことでしたわ。……彼女はアレクサンドル様の事を婚約者がいるにも関わらず、頼んでもいないお見舞いに来る非常識な公爵令息様と考えているようです」

「ルイサ嬢もはっきり言うねぇ」

「正確に言えば、もう少しオブラートに包んではいましたが……そして彼女の話を聞く限り、アレクサンドル様はまだ彼女に愛人の話はしていないようです」

「……エディー、報告によれば男爵夫妻もアレクサンドルの考えには気づいていないらしいな」

「はい。彼女の婚約が無くなっても、『こちらで対応する』とアレクサンドルは伝えているようです」



 例え婚約が白紙に戻ったとしても、アレクサンドルの言葉があるために彼らは全く心配していない。もしアレクサンドルが「ルイサを愛人に」と言えば、男爵夫妻は喜んで彼女を差し出すであろう事が予想される。


 だが不思議なのは、そう考えているのであれば早々に婚約白紙にすればいいのではないか、とアシュリーは思う。まあ、それが本当に起きてしまえばザカリーやルイサ達が困ってしまうのだが……普通ならとっとと行動に移そうと思いそうなものだが、いまだに様子見なのはなぜだろう。それを二人に尋ねると、父が髭を触りながら答えてくれた。



「男爵家のワインが王家御用達になると王族から発表がない事を懸念しているからだろうな。噂は噂に過ぎない。王家御用達になるのではないか、と噂が立った商品の中でも実際に王家御用達になったのは一割にも満たないからな」

「しかも噂を広めたのは我々ですからね。まあ、噂が出回ってから発表までに半年の間が空く……ということはザラにあるので、アレクサンドルも未だ発表がない事に疑問を持っていないようです。本人はアシュリーもルイサ嬢も手中にあると思い込んでいるようですし……彼方からすれば、きっと二人を手にいれるのは秒読み段階とでも思っているのかもしれません」



 エディーは肩を竦める。アレクサンドルがサイラス第二王子へとワインを献上したのを利用して、エディー達諜報員が街に噂を流した。その噂を男爵夫妻に伝えたのがアパタオだ。多分アパタオが上手く答えを誘導しているのだろう。



「そのままこう着状態でいて欲しいですね……そう言えば、公爵夫妻はアレクサンドル様が愛人を持つ事に関してはどうお考えなのでしょう。ご存じなのでしょうか?」



 この国ではあまり愛人を持つ事に関してよく思われていない。それもあり、学園であのような噂を流したのだろう。幼馴染が病弱であるため、アレクサンドルが面倒を見る事となった、となれば美談として周囲は受け取る可能性が高い。

 これが成功すれば彼の評判を落とすことはないだろうが……実際学園でも受け入れられているかというと、判断に困るところではある。


 高位貴族はアレクサンドルのその行動が結局は愛人として迎え入れる事になると判断している者が多いため、顔を顰める者が多い。賛同しているのは低位貴族が多いのだが……あの様子であれば、その事に彼は理解していないだろうとアシュリーは思っている。

 彼の婚約者になり、側で見て理解した。彼は見たいモノしか目に入れない性格なのだろうと。


 そんな事をアシュリーが考えていると、父が腕を組んで話し始める。

 


「表面上はそ知らぬ顔をしているが、内心どうであるかは報告だけだと判断がつかん……まあ、もしかしたら弱みを握られているのかもしれないな。この後の報告でアシュリーに伝える予定だったが、トビーとエディー達の調査により公爵夫妻も重罪を犯している事が判明した」



 思わず目を見開いて言葉を失ってしまうアシュリー。蛙の子は蛙、だったのだ。驚くアシュリーに頷きながら、エディーは父の言葉に補足を付け加えた。


 

「公爵夫妻は裏で植物の密売を行っている事が判明した。以前アシュリーからの報告にあったハイドレンジアに隠されていた空間、あそこには地下に行くための扉が隠されていたのだよ。昨夜斥候としてトビーが中に一度潜入した。トビー、報告を」

「はっ」

 


 扉前に直立で立っていた彼は、父の言葉に膝立ちをして頭を下げながら言葉を紡ぐ。


 

「昨晩、お嬢様に頂いた地図を頼りにその場所へと足を踏み入れるとそこには鉄製の蓋のようなものがあり、蓋を開けると下に向かう梯子が繋がれておりました。梯子を伝い下に降りたところ、だだっ広い広場のような場所になっておりまして、その中に輸入を禁止されている植物が幾つか置かれていたのです」

「つまり、そこは輸入禁止植物を隠すための地下室という事でしたか」

「仰る通りです」



 まさか公爵夫妻の証拠が見つかるとは思わなかったが、膿を出すという意味では悪事を暴く事ができたのでアシュリーはホッとした。だが、本命の証拠が見つかっていない。

 いつの間にかテーブルに置かれていたトールボット公爵家の間取り図に視線を向けると、蓋のあった場所には丸の中に×を組み合わせた印が赤い線で書かれていた。

 

 アシュリーも侯爵邸の把握をしておくため、一通り図に目を通していた。屋敷が一通り見終わり、庭へと視線を移せば、ふと先日の茶会で歩いた薔薇園が目につく。そこで思わず「あら?」という声が出てしまった。



「どうした、アシュリー」

「お兄様、少々気になる箇所があるのですが」


 

 アシュリーは薔薇園の北側の出口にと二つ備え付けられている薔薇のアーチ、その真ん中部分を指さす。

 

 

「先日の茶会でこの薔薇園を拝見したのですが、黒薔薇の大きさの割に花壇が小さいような気がしまして」


 

 あの時感じた違和感は、それだったのだろう。近づいて黒薔薇だけ見ればあまり気にならないが、アシュリーは最後に遠目で全体を確認したからこそ気づいた事だった。

 

 

「それと、黒薔薇はあまり剪定されていないのでしょうか?他の薔薇に比べて葉が生い茂っていたような気が致します」

「確か先代公爵は自ら黒薔薇を剪定していた、と聞いた事があるな。今は分からないが。……今のアシュリーの話をトビーはどう思う?」

「ふむ……私としても気になる点もございますので、調査致します。公爵様、ぼっちゃま、私は作戦を練り直しますのでこれで一旦失礼しても宜しいでしょうか?」

「許す」

「ありがたき」



 ローブをはためかせ、トビーは一瞬のうちにいなくなる。三人は彼を視線だけで見送ると、地図に視線を戻す。その後も会議が続けられた。

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