第37話 歓談

 ルイサは幼い頃から病気が発症している事、その時もアレクサンドルが見舞いに来ており、醜聞を防ぐためにザカリーがルイサを領地へ送った事、そして領地から王都に帰宅後もいつの間にか看病に訪れていた事を順々に話した。

 


「特に問題なのは、私の両親が公爵令息様を喜んで受け入れておりまして……」

「ご両親が、ですか」

「はい。この件については何度も話をしているのですが……我が家の恥を晒す事をお許しください……両親は自分が否定されると怒鳴り散らして人の話を全く聞かなくなるのです。先日も言葉を尽くしたのですが……」

「否定されてしまったと」

「仰る通りです」

「私の味方であるお兄様の手紙の返信が届かなかったため、一人でどうにかしようと考えて何度も会話を重ねてみたのですが……」



 落ち込むルイサを見るサラの表情は優しいものだ。そんな二人を見ながらアシュリーは「叶わなかった、と」と呟いた。ルイサは彼女の言葉に頷いた。



「それと……公爵令息様がアシュリー様と予定を蔑ろにしているのではないか、と気づいたのは、このメモがあったからです」



 そう言ってテーブルに置かれたのは、インクの滲んだ紙だった。アとリの間に空白もあり、確かにこの紙を見れば、アシュリーの名前が書かれているのでは、と判断できるであろう。

 


「ですが、これだけでは私との予定が本当にあったのかは分かりませんね」

「アシュリー様の仰る通りですね。他にも何か思い当たる事が?」



 二人で尋ねれば、ルイサの肩が少し跳ねる。少々悩んでいる様子の彼女にアシュリーは、「些細な事でも問題ない」と告げれば、彼女はぽつぽつと話し始めた。


 

「これは……私が、体調を崩している時に聞いた話なので、もしかしたら……空耳の可能性も否定できないのですが……公爵令息様がその紙を書かれた時に、我が家の執事……アパタオという者がいるのですが、彼に公爵令息様が『埋め合わせはまた改めて』と話していたのを聞いたのです」

「それを証拠にするのは、些か不安がありますね」

「はい……それもありまして、本当はこの時点でアシュリー様にご連絡を差し上げるべきだったのですが、確たる証拠もないのにお手紙を送るのはどうかと思い、兄に相談致しました」



 ルイサの話にサラが相槌をとる。ルイサの話に出ているのは、アシュリーが訪問した後のことだ。きっと彼女がアレクサンドルの意見に賛同したと考え、彼は手紙と伝言だけでも問題ないと判断したのだ。

 以前は中止の連絡がないまま、ずっと待たされていた事もあった。それを考えたら、少しはアシュリーの事を尊重し始めているのかもしれない。今更だが。


 その後も話は進み、ルイサがアレクサンドルを遠回しに拒否する言葉も確認した。ちゃんと聞けば、彼女がアレクサンドルを拒絶している言葉だと気づけるし、むしろ公爵令息によくそこまで言えたな、とアシュリーもサラも感心したほどだ。

 話を終えたルイサは胸を撫で下ろしている。アシュリーもサラもアレクサンドルの所業に眉を顰めているだけで、ルイサには微笑みを返しているからだ。

 今までエディーから得た情報と照らし合わせた事で、報告と相違はない事……むしろ報告以上に彼女が頑張っている事を理解した。

 あとは少々気になる点を確認するだけだ。「ちなみに幾つかお聞きして良いかしら?」と尋ねれば、了承の返事をもらったので、これ幸いにとアシュリーは前に乗り出して話し出す。



「アレクサンドルが貴女の事を幼馴染だと言っているのだけれど、貴女はどう思っているの?」



 そう彼女が尋ねれば、ルイサは顔を青くして上目遣いで彼女たちの表情を伺った後、視線を逸らす。二人が訝しげに彼女の表情を伺っていると、ルイサは口を開いた。

 



「私は……正直な事を言えば……何故私なんかを公爵令息様が幼馴染と仰っているのかが、分からなくて……その……」



 何を言えば良いのか、困っているようだ。アシュリーはルイサが聞き取りやすいようにゆっくり声をかける。

 

 

「ルイサさん、何でも良いのです。貴女に何が起きたのか、アレクサンドル様の様子はどうだったのか、教えて頂ければ、良いのですわ」



 微笑んだアシュリーをルイサは不安そうに見つめてから、チラリとサラの方へと顔を向ける。サラは視線の合った彼女に笑って頷くと、ルイサは大きく息を吸った後に切り出した。

 

 

「公爵令息様とは……私が領地へ療養へと向かう前に、確かに我が家で顔を合わせた事はありますが……本当に合わせただけで……そう呼ばれるような事はしていないと思うのです」

「合わせた、とは?」

「私が屋敷内で遊んでいた時に、ガゼボで公爵令息様がお茶を飲んでいた事が数回ありまして……あの方は私と遊ぶでもなく、私にや兄に話しかける事もなく、ずっと無言でそこにいらっしゃったのです。正直な話をすれば、私が初めて公爵令息様とお話をしたのは、体調を崩してあの方がお見舞いに来られた時が初めてでしたし、その時もお礼だけしか言っておりませんので……」

「確かにそれは顔を合わせただけ……うーん、そもそも合わせた?と言って良いのかしら?」



 ルイサの話を聞いて、アシュリーは呟きながら首を傾げる。サラも同意見だったのか首を縦に振りながら、難しい表情で考え込んいる。



「サラはどう思う?」

「……それは幼馴染とは言えないと思いますね。知人……いや、顔見知りくらいではありませんか?」

「そうよねぇ、その表現が一番的確だわ」

「そう言っていただけると、助かります」

 


 サラは真面目な顔で、アシュリーは呆れたような表情をしている。ルイサはそんな二人を見て、自分の感覚が異常ではない事を確認し、胸を撫で下ろした。

 彼女の様子を見て、アシュリーは彼女の周囲を取り巻く環境の異常さを感じ取る。兄であるザカリーと婚約者であるストークス子爵令息がいなければ、彼女は両親に取り込まれていたに違いない。


 

「……そのような環境の中、よくがんばりましたね」

「……ありがとうございます」



 アシュリーから認められた事で感極まったルイサ。曇りのない綺麗な瞳からポロンと一筋の涙が溢れていく。その様子を見た侍女がサラへハンカチを手渡した。

 それを手にサラは立ち上がり、ルイサの元へ向かうと彼女の背を優しくさする。その事に気づいたルイサはサラへと顔を向けた。

 サラはルイサに微笑みかけた後、侍女から受け取ったハンカチを手渡す。最初は首を振って遠慮していたルイサだったが、サラの押しに負けて受け取る。軽く涙を拭いた彼女は、謝罪を述べる。

 その言葉にアシュリーは「お気になさらないで」と言いながら、頭を横に振った。

 


 幾分か彼女が落ち着いた頃、アシュリーは「ところで」と質問を再開した。それは病気の時の症状だったり、普段の生活では何をしているのか、という話まで。

 途中で眉間に眉を寄せていたサラが思い出したようにマナーや礼儀の教本をルイサに渡していたが、彼女はそれを大切に胸に抱きしめていたので、帰ったら嬉々として読み始めるだろう。そんな姿を想像したりした。



「私からは以上ですわ。根掘り葉掘りお聞きしてごめんなさい」

「いえ! これくらいでしたら問題ありません!」



 最初より幾分か顔色が良くなったルイサが元気に答える。今回の話は有意義なものだった、とアシュリーは感じた。ただ一人、サラが何を考えているのかは気になるが。

 

 

「なら良かったわ。ところで……」



 チラリとサラを見れば、サラはアシュリーが何を言いたいのかを理解したのか、口を開いた。


 

「……アシュリー様。私から最後にルイサさんへ聞いても宜しいでしょうか?」

「ええ、どうぞ」

「先程から、ルイサさんはアレクサンドル様の事を公爵令息様、と呼んでいますけれど、何か理由はあるのでしょうか? 少々気になってしまって」



 アシュリーはあまり気にしていなかったが、普通であればトールボット公爵令息様、もしくはアレクサンドル様と呼ぶはずだ。ルイサは「公爵令息様」か「あのお方」と呼んでいる。

 言われてみれば、不思議な呼び方であることに首を傾げたアシュリーと、目が泳いでいるルイサ。サラはそんな彼女の様子を見て、言いづらい事なのだろう、と心の中で判断していた。


 案の定、彼女から「……少々言葉遣いと不敬に目を瞑っていただけますか?」と言われた時には、やはりそうなのかと納得したが、その後の話が驚いた。

 

 婚約者であるアシュリーに向かって要約すれば「公爵令息様を嫌悪しているから」と言ってのけたのだ。いや、流石に言葉を濁しているが。


 気分を害していないかと不安になったサラは、アシュリーへと顔を向けたが、そこで彼女は目を疑った。アシュリーは我慢ができない言わんばかりに、声に出して笑っているのだ。


 サラだけではなく、扉に控えている侍女も、目の前に座っているルイサも鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。淑女として有名なアシュリーが、声を上げて笑うのを見るのはサラも初めてだった。

 幾許か時間が過ぎた後、笑い終えたアシュリーはハンカチで目に溜まった涙を拭った後、笑う時に口元を見せないよう開いていた扇を閉じた。



「ふふふ、大声を出してしまってごめんなさい。少々面白くなってしまって……勿論、ここでのお話にしておくから心配は無用よ。――まさか、ご自分で選んだ娘が自身に対して嫌悪を抱いているとは思わないでしょうね」



 後半は小声だったため、ルイサは聞こえていなかったらしく首を傾げていたが、サラにはその言葉が聞き取れていた。

 漠然とではあるが、何故侯爵家である彼女がアレクサンドルと婚約白紙にしないのか、その意味があの言葉に含まれているように、サラは感じ取っていた。

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