第35話 伯爵家

お互いが気づかないまま、翌日。

 サラからの連絡により無事に茶会が開かれると聞いたアシュリーは、昼頃ワイト家へ向かっていた。


 本日の服装はルイサにあまり威圧感を与えないように配慮し、青系のドレスを着用した。彼女は頻繁に体調を崩す事もあり、茶会に参加した事がないのだと話は聞いている。

 ハーフアップにした髪へと髪飾りをつけるとき、ふとアレクサンドルと婚約する前に気に入り購入した髪留めが目に入る。

 



 最初はサラとルイサと彼女の兄ザカリーで話してもらう事にした。いきなり二人が座っていれば、尋問のように見えてしまうだろう、と配慮した形だ。


 ルイサはサラに案内されて、屋敷の応接間に座っている。目の前の窓から見えるのは、今日の茶会で使用するテーブルや椅子だ。

 応接間のカーテンは現在閉めているが、隙間が空いているため多少ではあるが外の様子も見る事ができる。

 

 彼女も紅茶を手にサラの様子を観察していた。すると奥からルイサとザカリーがやってくるのが見える。

 彼は何度もサラと学園で会っているからだろうが、緊張の色は見えない。だが、妹のルイサは微笑んではいるが、車輪の油が切れる前の馬車のと似たような動きをしている。初めての茶会で兄の婚約者であるとは言え、相手は伯爵令嬢だ。恐縮しているのだろう。


 ルイサの様子を観察しながら紅茶に手をつけていると、ノックの音が聞こえた。

 了承を伝えれば、そこに居たのはワイト伯爵夫妻だ。サラとは幼い頃から家を行き来した仲なので、アシュリーも夫妻と何度も会っていることもあり、立ち上がって礼を執る彼女に右手を挙げて微笑んだ。


 

「久しぶりだな、アシュリー嬢」

「ワイト子爵様、本日はお招きいただき――」

「やだっ! アシュリーちゃん! そんな硬くならなくて良いわよぉ」



 夫人はアシュリーの両手を取った後、ブンブンと上下に振る。少々子どもっぽい姿は昔から変わらない。伯爵は商売人、夫人は物を見抜く目があると巷では言われているが、純粋な彼女だからこそ良い物を素直に見抜く事ができるのだろう。

 されるがままになっているアシュリーを助けたのは、伯爵だった。

 


「こら、メアリー。アシュリー嬢が困っているだろう? 一旦落ち着いてくれるかな」

「あら、ごめんなさい」


 

 夫人はすぐにアシュリーの手を離した後、立っていた彼女に座るよう促した。アシュリーが無事座ったところで、夫人は伯爵の隣に座る。

 彼女が座ったのを伯爵が確認すると、彼はアシュリーに視線を向けた。

 


「……実は少々君にお願いがあってね。急で申し訳ないのだが、少々ザカリー君を貸してくれないか?」

「ザカリー様、をでしょうか?」



 アシュリーは首を傾げたが、「話を聞きたくてね」と聞いて理解した。新商品のワインとチーズの事だろう。

 元々手紙を出して面会の予定を決める予定だったが、偶然この時間が空いたらしい。ザカリーが了承すれば、という話ではあったが、アシュリーは彼が拒否することはないだろうと思う。

 伯爵が話している間、隣にいる夫人は目を輝かせていた。


 

「あの最近発売したワインとチーズ、ほんっとうに素晴らしいのよ〜。私たちが窓口となって売り出せないかと思って」

「メアリーの言う通り、あれは本当に美味しかったな。……今回あの件で二人を呼んだのは知っている。だからもしダメだというのであれば、その後にでもしようかと思うのだが」

 


 彼らは商品開拓のために国内外を駆け回っており、今日も次の土地へ向かうまでの準備期間としてこの屋敷に滞在しているに過ぎない。次の土地に向かう際にはアゲット家の領地内を通るので、本来はその時に面会を依頼しようと考えていたらしい。

 それが現在彼は王都にいるので、翌日出発し目的地へ向かう際に寄る事は難しくなる。商売は乗り遅れたらお終いだからこそ、無礼であっても今日話をしたかったのだろう。


 アシュリーも二方が多忙なのは知っていたので、快く了承する。



「いえ、そこまでお待たせするつもりはありませんわ。私はルイサさんにお話を聞ければ良いと思っておりますので、ザカリーさんが居なくても問題はありませんわ」

「あら、本当に良いのかしら? アシュリーちゃん、本当にありがとうね」

「お構いなく……むしろ今から連れ出しますか?」

「良いのかい?」

「はい。ルイサさんも緊張がほぐれているようですし」


 

 そう話せば伯爵夫妻は納得したのか、首を振って頷いていた。


 夫妻が退出して数瞬後、ガゼボに現れたのは執事だった。彼はアルと呼ばれており、若く見えるがサラが生まれた頃からこの屋敷に勤めているらしい。

 よくサラの母――ワイト伯爵夫人が、「若さの秘訣」を聞いているらしいが、彼は微笑むだけなのだと言う。

 遠目で観察すれば、20代前半の若者だ。見習い執事と間違えてもおかしくない気がする。


 そんな事を頭で考えていると、ノックの音が部屋に響く。

 アシュリーは最後に窓ガゼボ一瞥すると、ザカリーは連れ出されている。


 ――さて彼女はどう出るだろうか。


 期待は裏切らないで欲しいわ、と思いながらアシュリーはガゼボに向かった。

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