第31話 男爵家
サラに依頼をして数日。
学園から帰宅したアシュリーを待っていたのは、眉を顰めているエディーだった。
彼には依頼をした翌日、計画通りに手紙を送った事、サラの屋敷を借りてルイサに会おうと画策している事を伝えてある。サラに速達で手紙を郵送するよう依頼はしているが、まだアゲット領には届いていないはずだ。
アシュリーは鞄をルーシーに渡し、制服のまま彼女の執務室に兄を招き入れた。
「お兄様、眉間に皺を寄せて何かありましたの?」
「……男爵夫妻が動くかもしれん」
聞けば、昨日男爵夫妻が「婚約を見直すべき」と話していたと早朝にヴェリタスから報告があったとのこと。今はまだ様子を見ている状況だが、いつ動くかは分からない。
サラの手紙が早く届くように、と心の中でアシュリーが願っていると、エディーが「それだけではない」と言った。
「ルイサ嬢も手紙が処分されている事に気づいたようだ」
「彼女も、ですか?」
「ああ。本当に偶然の話になるのだが……庭師によって手紙が焼却炉へと投げられた瞬間、突風が吹いたらしく、その手紙が近くまで来ていたルイサ嬢の元に落ちたそうだ。それを彼女が拾った事で、ザカリー殿への手紙が処分されている事に気づいたらしい。彼女に付けている諜報員の報告だ」
やはり諜報員を付けて正解だった。
サラの主催する茶会が決まった際、兄に頼んでルイサに一人諜報員を付けて欲しいと依頼した。アシュリーとしては彼女と対面する前に、行動や発言を把握しておきたかった事、そして彼女が万が一両親側の人間だった時に弱みを握っておきたいと考えていたためだ。
「ちなみに弱みになりそうな事はありそうですか?」
「いや、今のところはない。……弱みではないが、ルイサ嬢はアレクサンドルがお前との用事を中止して見舞いに来ている事に気づいているかもしれない」
真剣な顔でそう告げたエディーに、アシュリーは一瞬思考が止まった。
「そうなのですか?」
「ああ。毎日メモのようなものを見てため息をついているらしい。不審に思った諜報員が、そのメモを写し取ったのだが、それがこれだ」
差し出されたのは、メモを写し取った紙のようだが……不思議な事にところどころ文字が抜けている。どういうことかと首を傾げれば、エディーが補足してくれた。
「これは以前アレクサンドルが彼女の見舞いに来た時に書いたものらしい。彼が書いたものはアパタオに託されてしまったが、その下の紙にインクが写っていたようだ。それを隠し持っていたのだろうとヴェリタスが予想していた」
ヴェリタスがメモを回収した際、紙が二枚切られている事に気づいたのだ。彼はメモの行方を気にかけていたのだが、まさかルイサ嬢の部屋に隠されているとは思わなかったらしい。
確かに読もうと思えば、最初の文字は『アシュリー』と書かれているようにも見える。
「これだけで彼女が気づいたと?」
「まあ、これ以外にも何か切っ掛けがあったのかもしれないが、そこまでは分からんな」
「もし気づいているのなら、何か接触があっても良いと思うのですが……」
「手紙を送ったところで、アパタオに処分される可能性は高そうだがな。あとは、確信が持てていないのかもしれないな」
「確かにお兄様の言う通りですわ。それに男爵家の彼女が侯爵家に手紙を送るのは勇気が必要でしょうしねぇ」
彼女の行動を把握すればするほど、ルイサの方は問題ないように見える。
それよりも男爵夫妻の動きが今後の鍵となるだろうが、そちらは何かあれば父や兄が動いてくれるはずだ。アシュリーは今自分ができる事をするだけである。
「彼女は数日後に婚約者と出かけるようだ。最初の期限は過ぎるが、その日までは彼女に諜報員を付けておこう。その後打ち切るかどうかは報告次第だな」
「お願い致します、お兄様。……そうでした、本日サラより報告がありましたが、アレも問題なく手配できそうですわ」
「それは吉報だ。もし諜報員を撤収させたとして……次にルイサ嬢へと諜報員を送り込むのは、茶会が終わってからで問題なさそうか?」
「ええ、それで良いと思います」
その後幸い男爵家も婚約解消に動く事なく、アシュリーは程々にアレクサンドルと過ごしたりと一週間ほど経った頃。
サラから報告があると話があり、いつもの談話室でお茶をしていた。
「本日、ザカリー様より私に手紙が届きました。現在彼の方は王都にあるアゲット家の屋敷に滞在しているそうです」
「思った以上に早く着いたわね」
「ええ。私の手紙を読んで、すぐに馬を走らせて駆けつけたそうです」
「……隣国に
アシュリーの言葉にサラはどう答えて良いか困惑しているのか、愛想笑いをしている。
早朝、エディーからザカリーが屋敷に到着した旨は聞いていた。だがその報告が登園直前だったこともあり、ヴェリタスから提出された報告書はまだ読んでいない。
報告書だけでも軽く目を通しておくべきだったか、と悔やんでいるところにサラが話を続けた。
「手紙には茶会に参加するという旨も書かれておりましたので、日程をご相談したいのですが宜しいですか?」
「勿論、こちらからお願いしたいくらいよ。そうね、急ではあるけれど……今週の休日は如何?」
「私も問題ありません。ご相談頂いた品も我が家に届いておりますから」
「では、今週の休日に……」
「アシュリー様?」
いきなり考え込んだ彼女に、サラは疑問の声を上げた。淑女として名高いアシュリーからすれば、考え込んでしまうなど珍しい行動だ。
しかもアシュリーは思い悩むような表情をしている。
「サラ……もしかしたらルイサさんは当日病気になって参加できないかもしれないの。それも考慮して、二日予定を空けて欲しいの。もし彼女が予定していた日に体調を崩したのなら、その翌日に茶会を開く事を事前にザカリー殿へお伝えしたいのだけれど……ダメかしら?」
アシュリーの発言に驚きを隠せなかったのか、目を見開いたサラだったが、何かを察したのか理由を尋ねることはなかった。
「我が家に関しては問題ございませんが、ルイサさんの件に関しては確認致しますのでお待ちいただけますか?」
「ええ。手間をかけて申し訳ないわ」
「その分頂いていますから、問題ありません。私も末席ではありますが、商家の娘ですから」
「助かるわ」
もしかしたらアパタオが動くかもしれない、そう思いアシュリーは対策を取っていたのだが、その対応が正解だだと分かるのは、茶会の当日になってからだった。
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