第28話 報告


 その日の夕食後。

 アシュリーは父の執務室に足を運んでいた。アレクサンドルとのやり取りを父と兄に報告するためだ。

 まずアシュリーは彼らに、彼の目的はアゲット家ではなくルイサ嬢本人である事を告げた。そして彼女が公爵夫人の立場に立てる人物ではないため、正妻の席に己を据えるつもりだという事を。


 最後まで話を聞いた二人は顔を真っ赤にして息巻いてる。

 まさか最愛の娘(妹)を愛人の隠れ蓑に据えるなど思ってもみなかったからだ。理由の分からなかった学園の噂は、それを周知させるための下拵えだろうと三人は判断した。



「アレクサンドルは我らを舐めくさっているな。我が娘を蔑ろにするとは……許せん」

「しかもルイサ嬢を手に入れようと画策している奴が、アシュリーに愛を囁いているのですよ……本当に許すことはできませんね。父上、徹底的に潰しましょう」

「ああ、腐った貴族はこの国にいらん。そのためには確たる証拠が必要なのだが……」


 

 そう唸って黙る父に、アシュリーは声をかける。



「お父様。その件に関しては、解決するかもしれませんわ」

「何?! アシュリー、話を続けなさい」

「先程の話の後にアレクサンドル様に来客が来まして……その間許可を得て庭を散策していたのですが不審な箇所を見つけたのです。屋敷の北東……東側にある薔薇園のアーチを抜けた先にある広場なような場所です。その広場の周囲にはハイドレンジアが植えられているのですが、その植え込みの奥に人が一人入れる程の隙間が空いている場所があったのです。最初は気のせいかと思いましたが、よく見ると土が足跡で踏み固められていましたので、その隙間への出入りが頻繁に行われていると判断しました」



 その言葉を聞いて、エディーが彼の屋敷の資料を手に取り、該当箇所を読み始めた。

 報告書によるとハイドレンジアが植えられている広場は裏庭に行くための通路としてよく使われているようだが、公爵家ではハイドレンジアには毒がある話をしており近づかないよう使用人たちには周知させている。


 今回アシュリーが侍女たちに止められなかったのは、彼女がアレクサンドルの婚約者であるため進言しづらかった事と、比較的遠くからハイドレンジアを眺めていたからだと思われる。

 ガゼボに戻る際、侍女たちの顔が青褪めていたのはアレクサンドルがアシュリーを止めたからだろう。彼女を止めなかった事でお叱りがあるのではないかと考えたのかもしれない。

 

 兄は報告書を読み終えると、首を縦に振って満足げな顔をしていた。

 

 

「アシュリーお手柄だ。やはり殿下に伝えて正解だった」

「お兄様。殿下にお伝えした、とは?」

「報告や世間話も兼ねて、殿下に『アシュリーが公爵家でお茶を嗜む事になった』という話をしていたのだが……その時に『茶会の最中に誰かを送り込んで邪魔してやろう』と殿下が悪い顔で仰っていたからな。アレクサンドルへの来客はエリオスだろう? 彼が一番妨害役に適しているからな」

「全く、殿下は……」



 公爵も呆れ顔で額に手を当てる。

 彼もエディーと同様に、第二王子がアシュリーに好意を抱いている事を知っている。トールボット家の横槍がなければ、彼との婚約が内々で決まっていたのだ。事情によりその婚約が発表されていなかっただけで。

 それを知らないのは、アシュリーだけである。

 

 だからアシュリーはエディーが依頼してくれたのだろうと考えた。

 

 

「非常に有難い頃合いでした。丁度愛人の件が終わった頃だったので、不愉快極まりない思いで一杯でしたから……次にお会いした時は殿下とエリオス様に、感謝をお伝えいただけますか?」

「ああ、そう伝えておく。お陰で突破口も見つかりそうだからな。父上、後は我々にお任せ下さい」



 エディーが頭を下げて礼を執れば、公爵は頷く。

 

 

「任せるぞ。今回はトビーに協力を仰ぐといい。伝えておく」

「助かります」



 アシュリーは諜報員全員の名前はまだ把握していないのだが、彼の名前は知っている。

 彼は侯爵家が抱える諜報員の中でも、群を抜いて実力・指揮力を兼ね備えている。諜報員の中では父の右腕とも呼ばれ、彼が関わる案件は失敗がないと父に言わしめるほどの実力者だ。


 アレクサンドルの化けの皮を剥がす時は近い。

 由緒あるサンタマリア家を侮辱し、アシュリーの誇りを土足で踏み躙ったアレクサンドルに目に物を見せようではないか、と誓った。

 

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