第二部 侯爵令嬢編

第20話 幼馴染を優先する婚約者

「アシュリー、今日の茶会は中止するよ。幼馴染が体調を崩したから見舞いに行ってくるから、よろしく頼むね」


 

 そう言って婚約者であるアレクサンドルは、有無を言わせない雰囲気を醸し出しながら彼女に背を向けて去っていった。約束していた時間だったため、玄関で婚約者である彼を待っていた矢先の話だ。

 彼は玄関に入る事もなく、言いたい事だけを告げて帰っていく……最近はいつもの事だ。

 

 彼の姿が彼女の視界から消えたところで、アシュリーは右頬に手を添え、ため息をついた。


 ため息がはしたない事だとアシュリーだって分かっている。

 だが、いつもこう思ってしまうのだ。毎回もう少し早く連絡をくれないものか……と。


 彼との外出のためにアシュリーは数時間使って準備をしているのだが、毎回直前に中止を言い渡すので、それが全て無駄になってしまうのである。貴方のために使った時間を返せ、と言いたい。


 踵を返してアシュリーは自分の部屋へと歩き始めた。外出が中止となれば、この様相でいる必要もない。無駄な時間を過ごした事を感じて、どっと疲れが押し寄せる。

 その後ろでは専任の侍女の一人であるルーシーが顔を真っ赤にして怒っていた。



「本当に婚約解消されなくて宜しいのですか?!」

「……落ち着いてルーシー。これは今に始まった事ではないもの。もう慣れてしまったわ」

「こんな事、慣れてはいけませんわ! あの方は毎回お嬢様を蔑ろにしていらっしゃるのですよ? 当日の、しかも直前に外出を中止するなんて……トールボット公爵家はサンタマリア侯爵家を侮辱しているのでしょうか?!お嬢様もお嬢様です! あちらの公爵家から『是非に』と婚約を申し込んできたにもかかわらず、あの体たらく……もっと怒っても良いのですよ?!」



 ルーシーの言う通り。これは婚約者であるアレクサンドル――トールボット公爵家から申し込まれた婚約……最初は良かった。


 一週間に一度、もしくは二週間に一度は必ずどちらかの屋敷でお茶をしていたり、外出したりする。それが当たり前だった。

 だがそのうち週に一度だった茶会は月に二度、最低限にまで減っていった。


 そして半年ほど前。アレクサンドルは婚約してから初めて茶会を延期にした。しかも当日の朝に。延期の理由は「急遽予定が入ったから」という話だった。それならば、とアシュリーは了承したのである。

 

 その日から……アレクサンドルは味を占めたのか、アシュリーとの予定を取りやめる事が多くなった。数回続いた後に、一度「アレクサンドル様が宜しければ、今日の予定を別の日に振り替えて頂けませんか?」と懇願したのだが、その日を機に更にアシュリーをおざなりにするようになっていったのだ。

 

 今回の様子を見ても、きっと埋め合わせはないだろう。だが、それでは上手く事が運ばない事もアシュリーは知っている。再度手紙を送り、お伺いを立てなくてはならないだろう、と頭を切り替え、未だ興奮している彼女に声をかけた。


 

「ルーシー」

「……申し訳ございませんでした」



 アシュリーの声色から嗜められた事に気づいたルーシーは、すぐさま謝罪する。その姿は先程、怒髪天を衝いていた人とは思えないほどだ。



「貴女が怒ってくれて、私は嬉しいわ。それだけで心が救われるもの……あともう少しの辛抱よ」

「お嬢様? 後半が聞き取れなかったのですが……」

「いえ、何でもないわ」


 

 そう、後少し。あと少しでこの理不尽な状況から抜け出せるのだが……その時まで悟られてはいけないのである。

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