第19話 その後

 その後の話をしよう。


 公爵令息様……アレクサンドルについては、毒杯を仰ぐ事になったとアシュリー様に聞いた。この話を聞いたのが一ヶ月前の話なので、既に彼は亡くなっているかもしれない。


 アレクサンドルは表向き病死という形で処理されるそうだが、違法薬物所持による刑である事は貴族内で粛々と共有されている。


 アシュリー様曰く、学園でも数日間はその話で持ちきりだったらしく、彼の取り巻きだった貴族たちは皆、手の平を返していた。あまりにも彼を悪きように言っていた貴族も居たらしく、「流石に聞いていて気分が悪かったわ」とアシュリー様が仰るほどに、彼らの態度は酷いものだったらしい。

 彼の取り巻きたちはそうする事で彼との決別をアピールしていたのだが、そのような態度を見せた者に手を差し伸べる者はいなかったそうだ。

 

 彼を悪きように罵った者たち以外は救済があったとの事だったので、「自業自得ね」とアシュリー様は仰っていた。



 ちなみに私が薬を飲まされていたという件は箝口令が敷かれている。これは私が来年から学園に通うため、配慮してくれたのだ。だからこの事を知っているのは、我が家とストークス家、王家と第二王子側近、宰相様くらいしかいないらしい。

 余談ではあるが、ストークス家との婚約は続いている。あの後一度も病気に掛かる事もなくなり、子爵家のタウンハウスにも頻繁に訪れるようになった。

 おば様も時には優しく、時には厳しく子爵夫人としての心得や必要な学を教えてくれる。そんな子爵家の皆さんが私は大好きだ。


 そして両親に関しては……お兄様に爵位を譲ったお父様はお母様と共に登城から数日後、アゲット家の領地へ療養という名目で向かわれた。

 最初はお父様もお母様も領地にある本邸で過ごす事ができるのだと高を括っていたらしい。ブツクサ文句を言いながらも、荷造りをしていたのだが……移動の前日になって彼らは領地にある本邸で過ごす事ができないと初めて知ったのである。


 彼らが向かうのは、アゲット家の本邸より数日馬車で揺られた場所にある、王家の別荘のひとつ。療養も兼ねて別荘の管理人として両親が派遣された、というのが表向きの理由だ。

 側から見れば光栄な事だと思う者もいると思う。かという私も、最初は両親の処遇には口が開けっぱなしになってしまったものだ。


 だが、内情を見ればそうでもない事が分かった。


 まず別荘という言葉を使っているが、実際は数年ほど前に管理を頼んでいた者が高齢のため亡くなってしまい、放ったらかしていた屋敷らしい。報告によれば、山の麓にある別荘の外装や周囲は蔓や雑草が生い茂り、中は埃が溜まり蜘蛛の巣も張っている。

 そして一番近くの村には歩いて二時間ほど弱掛かるが、その村は葡萄農家が集まって作られている集落であるため、両親が大好きな服飾の店や高級品が置かれている酒場はない。

 極め付けは、全て自分たちでやらなくてはならない事だ。


 人数は少なかったとは言え、シェフや侍女、執事がいた頃とは大違いだろう。陛下の温情で二週間王家から派遣された侍女が家事を仕込んでくれるとの話なので、両親には頑張って欲しいと思う。


 

 一方で、アレクサンドルの弟であるソロモン様は、薬の影響で生殖機能に問題が起きたと宮廷医師の診断が下されたそうだ。

 彼の両親……トールボット公爵夫妻はソロモン様が病弱である理由が、薬による被害である事を知らなかったのだ。ただ、本人達も悪事に手を染めていたため、アレクサンドルと共に毒杯をあおる事となった。

 そうなると爵位を相続するのはソロモン様となるのだが、身体のこともあり彼一代でトールボット公爵家の血統は断絶してしまう事になってしまった。

 トールボット家にも勿論分家はあるのだが、ボロボロの公爵家を建て直す気概のある者は居なかったらしい。まあ、公表はされていないが、問題ばかりの家である。好き好んで不祥事を起こした家を継ぎたいと思う者がいないのは仕方のない事なのかもしれない。


 公爵家が断絶してしまうのも広範囲に響いてしまうため、最終的にソロモン様は体調不良を公表し爵位を王家に返上することにしたとアシュリー様から聞いた。王家預かりとして今後王家の者が代わりに管理していく事になるそうだ。ソロモン様は公爵領の役人として関わっていく事になるらしい。

 ソロモン様もそれで納得されているそうだ。彼の決意は固く毒の影響が抜け次第、領地運営を執事から学ぶ事になっているのだそう。

 そのため学園にも通わないのだとか。確かに気を遣われる学園生活よりは良いのかもしれない。



 

 私は今、学園入学に向けて不足した部分の勉学に取り組んでいる。

 講師はおば様――ストークス子爵夫人と、我が家の執事ジョウゼフ。


 ジョウゼフはアパタオの逮捕――我が家の使用人には、療養と話しているが――により、執事見習いであったジョウゼフが執事に昇格した。

 ジョウゼフを昇格させる際、お兄様が苦虫を嚙みつぶしたような表情をされていたのが不思議ではあったが、それは多忙な日々の中で忘れ去られていった。


 そして私が学園を卒業次第、トマスと結婚式をあげる事になっている。

 私が入学と同時にトマスが卒業してしまうため、同じ学舎で勉強ができない事は少し残念ではあるが、おじ様の取り計らいもあり、学園卒業後一年間、トマスはこちらのタウンハウスで領主仕事を学ぶ事になった。

 今まで体調のこともあり、交流も最低限に絞っていたので、この取り計らいはとても嬉しく思う。



「ルイサ、おかえり。今日はどこへ行こうか?」

「でしたら、おじ様とお兄様の商品が置いてある市場に行きたいです! また新作が発表されたのでしょう?」

「分かったよ、行こうか……あ、ルイサはまだワインを飲んではいけないからね?」

「分かってますー」



 こんな日々が来るとは思わなかった。私は今幸せである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る