第18話 理由
お兄様が男爵に任命された後、国王陛下の元で書状を受け取る準備ができているとの事で、私とお兄様は別行動を取る事になった。
私はアルス様によって宮廷医師の元に案内され、何故か興奮している医師に診察を受けた。
後になってアルス様がため息をつきながら言っていたのだが、先程私の診察をしていた宮廷医師は、毒専門の宮廷医師なのだが、医師の中でも変わり者らしい。
今回禁忌の薬物接種者という事で、ある意味実験体として興味深かったのではないか、だからあのように高揚していたのではないかとの事だった。
だから私に何の影響も見られなかったと判断された時、少し残念そうにしていたのかと納得する。
そして次に案内されたのは、先程とはまた違う部屋だった。
だが、そこに居たのは……。
「トマス?」
思わず声に出してしまったが、どう見ても私の婚約者であるトマスだった。
アルス様に待っているようにと部屋に案内され、彼はそのまま扉から出ていく。
目の前に座っているのは、おじ様とトマスだった。
「聞いたよ、ルイサちゃん。大変な事に巻き込まれたみたいだね」
とおじ様が心配そうに声をかけてくる。話を聞くと、執事のアパタオが違法薬物を所持していた、という話を聞いたようだった。
その話は先ほどまで居たお兄様から聞いたらしく、お兄様も殿下に許可を取って話したらしい。
私が禁止薬物の被害者である事も、だ。
「まさか、人畜無害そうな顔のあの方がね、と思ったよ……ルイサ、身体に影響はあるの?」
「ううん、先程診察してもらったけれど、身体には影響ないとの話だったわ」
「本当に良かったねぇ……てっきり私は王都の空気が合わないだけだと思っていたのだけれど、まさかこんな裏があるとは思わなかったよ」
「おじ様の仰る通りですわ……私の病が実は人的に引き起こされているとは思いませんでした」
そうしみじみと私が言えば、トマスは私の手を取る。
「薬物の影響はないと聞いたけれど……少しでも不調があれば、必ず教えてね。ルイサは僕の大切な人なんだから」
「トマスの言う通りだ。君は大切な家族の一人なんだからね」
「おじ様……トマス……ありがとうございます」
私は涙が溢れそうになった。優しさが身に染みる。今後子爵家の発展のために力を尽くす事を心の中で誓う。
その後お兄様と殿下たちがこの部屋を訪れる。
右側にお兄様と私、向かい側におじ様とトマスが座り、殿下は誕生日席に座った。
そもそも何故子爵家が呼ばれたのか、それは今回の件に実は彼らも関わっていたと言う。
「アゲット男爵家とストークス子爵家の提携の件だ」
提携……つまりワインとチーズの共同開発の件なのだが、これに殿下が関わっているとはどう言う事だろうか。いまいちピンと来ていないのは私だけではないらしい。お兄様やトマス、おじ様までもが不思議そうな顔をしている。
「まずこの件に関しては、すまなかった」
殿下は軽く頭を下げており、その様子を見たおじ様が焦り出している。
「殿下! 謝罪は受け取りますので頭をお上げ下さい……理由を教えて頂けますでしょうか?」
おじ様の言葉に殿下は頭を上げる。
殿下の話をまとめると、こうだ。
過去、ある事件がきっかけで、禁止薬物がこの国に密輸入された事に気づいた王家は、秘密裏に禁止薬物の行方を追っていたらしい。その際、密輸入先の候補に上がっていたのがトールボット公爵家だったそう。
状況証拠は上がっていたが、確実な証拠が上がらず手詰まりだったところに、アレクサンドルがやってきたらしい。アレクサンドルはエリオス様と従兄弟であると事と学園での実力を考慮され、殿下の側近候補としてたまに執務室へと手伝いにきていた。
殿下が彼を手元においていたのは、公爵家を油断させるためだったそうな。そんな時、婚約者であるアシュリー様を蔑ろにし、婚約者でもない男爵令嬢の看病をしていると影の報告があった。
だから偶然を装って我が男爵家について話を振ってみたのだという。
「彼はその後喜んでアゲット家のワインを手配してくれたよ。そして数日後に届いたのはアゲット家のワインのみだった。そのため私たち王家ではアゲット家のワインのみを評価し、王家御用達になる可能性があると噂を流したのだ。この件に関しては、提携していた商品だという事をこちらでも理解していたのだが、彼を泳がせるために片方の評価しか流さなかった。当時は何を企んでいるのか掴めなかったからな」
今回王家御用達に、と噂されていた我が家のワインは発売してからそこまで日が経っておらず、領地周辺にしか広まっていなかったこともあり、公爵令息様も殿下たちがチーズと提携して売られている事を知らなかったと踏んでいたのだろう、と殿下は仰っていた。
だがここで疑問が残る。何故公爵令息様は儲けにもならない我が家のワインを勧めたのか、だ。
それについても殿下は教えてくれたのだが……その言葉に私は思わず目を見開いてしまったほど、衝撃的だった。
「アレクサンドルはアシュリー嬢を正妻に、ルイサ嬢を愛妾として側に置こうと考えていたがために、王家とルイサ嬢の親を利用したらしい」
「私を愛人に……?」
「ああ、アゲット家のワインのみが王家御用達になれば、ストークス家との婚約は解消されるのではないか、と踏んでいた。アレクサンドルは君を手元に置きたかったようだ」
その時には知らなかったのだが、元々私の婚約はおじ様が両親に提案したものだったそう。
婚約の締結当時、私は領地にいたため公爵令息様が男爵家を訪れる機会を作る事ができなかった事、そして男爵家の事に関してアパタオは口を出せなかった事――正確に言えば、助言として「婚約は様子を見た方が……」と話を振ったらしいが、両親が頑として話を聞かなかったために結ばれたものなのだそう。
そもそもおじ様の提案で見事に乗り気になった両親は、その場で私の婚約書類にサインをしたそうだ。その場で結ばれてしまえば、アパタオであってもどうにもならなかったのだろう。
私がこちらに戻ってきた事に気づいた公爵令息様はその婚約を白紙に戻したかったらしい。もし白紙に戻っていたら、私を愛妾にすると両親に提案するつもりだったようだ。
容姿、学力、地位……どれを取ってもアシュリー様と比べれば月と地面ほど比べるのも烏滸がましいほど。私を第二夫人に求める理由が思い浮かばない。
何故、と呟いた言葉を殿下が拾ってくれたが、彼も理由はわからないらしい。
今回私を愛妾にするというアレクサンドルの計画が露呈したのは、アパタオが証言したからだそう。だが、そのアパタオでさえも何故なのか理由を知らなかったのだ。
この事件を引き起こした当の本人は口を噤んでいるため、動機は判明していない。
でも……殿下は彼がどうしてこんな事を起こしたのか、動機に気づいているのかもしれない。なんとなく、本当になんとなくではあるが、そう感じるのだ。
尋ねてみよう、と思って聞くのをやめた。それを聞いてはいけない事のように思ったからだ。
話の内容が変わったため、私は静かに座って話を聞く事にしたのだった。
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