第17話 男爵様

 当たって欲しくない予想が当たってしまった。何ゆえ、私や実の弟であるソロモン様に薬物を投与したのだろうか……それ以外にも様々な疑問が頭の中をよぎっていく。聞きたい事がありすぎて、言葉が後に続かない。

 そんな私の横でお兄様が立ち上がった。



「殿下! その薬物摂取によるルイサの身体への影響はあるのでしょうか?!」



 お兄様は動揺からか殿下に掴みかかりそうなくらい前のめりになっている。

 私はお兄様のそんな姿をまるで他人事のように見つめていた。自身が被害者であるという事実を未だに呑み込めないのだ。

 そんな混沌とした空気を止めたのは、アルス様だった。



「ザカリー、落ちつけ」



 彼はお兄様の肩を軽く叩いた。その冷静さに当てられたからか、お兄様も力が抜けたらしくぽすん、と音を立てて椅子に座り込む。

 エリオス様はお兄様が落ち着いた後、私に顔を向けた。



「現在のところルイサ嬢には影響はないだろう、と判断しております。ですが、念には念をと言うことで本日、こちらに来てもらいました。この後、彼女には宮廷医師による診察を行いますので、ご協力頂けると助かります」

「ご配慮ありがとうございます。よろしくお願い致します」



 この件に関しては国王陛下や宰相様の許可を得ているらしい。

 理解はできるが、なんだか思わぬ方向へと話が進み、私の頭の中は言葉の大渋滞が起きている状態だった。

 

 そんな中でも私の口は動くようだ。

 いつの間にか私は視線の合っていたエリオス様におずおずと声をかけていた。



「……あ、あの、私からお聞きしたい事があるのですが、宜しいでしょうか?」

「私に答えられる事であれば、どうぞ」

「アパタオは、いつ……どうやって……私に薬を飲ませたのでしょうか」

「アパタオという男の供述によれば、ホットミルクの中に混ぜて飲ませていたとの事です。禁止薬物は無色無臭ですが、液体の色はミルクのような乳白色です。白湯でも問題なかったのかも知れませんが、念には念を入れていたのでしょう。ホットミルクを習慣化させていたのも、薬物を盛りやすいように利用した、と言っておりました」

「……!」 



 そういえば、いつだったか。私が領地に療養へ行く前の事を思い出す。

 当時は冬で特に寒く、ベッドに入っても寒くて眠れない事があった。そんな時にアパタオを呼び出して、どうしたら暖かくして眠れるかを相談したのだ。


 その時に提案されたのが、ホットミルクだ。その日から就寝前にはアパタオが私の元にホットミルクを持ってくる、という習慣がついたのだ。

 私は温かくして眠る事ができるからと受け入れているが、あれに薬が入れられていたとは。



「それに貴方方の両親も利用されていたようですね。先ほどの取調べによると……アパタオが薬物を持っている事も知らなかったようですし、ましてやご息女であるルイサ嬢に彼が薬を盛っている事も知らなかったようです。今のところ、この件には関与していないと国王陛下は判断されています」



 その後この際だからと殿下は取調べの内容を教えてくれた。

 アパタオが我が家に勤め始めたのは、私が領地に行く数年前の事だったが、彼はその頃から私に薬物を盛っていたと供述したらしい。

 丁度その時、我が家を取り仕切っていた執事が高齢だったため、後継者を探していた時期だったのだ。そこへ度々家に来て私の様子を見ていた公爵令息様がアパタオを紹介したらしい。

 私たち両親は公爵令息様の紹介だからと、身元を確認するまでもなく我が家で採用したようだ。

 

 そう言えばアパタオは数日前から休みをとっていたはずだ。今日も休みをとっていて、体調不良で休んでいると今朝ジョウゼフが話をしていた。実際は、薬品所持の疑いで昨日逮捕に至り王宮に拘束されていたらしい。

 違法薬物など重罪の場合、雇い主である当主に許可を得る事なく使用人を逮捕する事ができる。今回私の両親にアパタオの逮捕が伝えられなかったのは、彼らが関連している可能性……逃げ出すことのないように、。


 ある意味両親も気の毒ではあるが、公爵令息様をホイホイ信用し家に上げていたのだ。そのしっぺ返しが来たのだと思う。


 

「我が家は今後、どのようなお咎めを受けるのでしょうか?」



 だがお兄様の言葉でハッとした。家としてはどうなるのか。知らなかったとは言え、薬物所持者を匿っていたようなものなのだ。

 お取り潰し、という言葉が頭を過ぎる。


 ――ごめん、トマス。私は約束を守れないかもしれない。


 彼と離れる事に忌避感はあるが、男爵家がお取り潰しであれば婚約もなくなるはずだ。さっと血の気が引いていく。感情が悲しみで塗り潰されようとしていた頃、あっけらかんとした声色で殿下が話し始めた。


 

「咎か? そんなものはない」

「で、ですが……」

 

 

 お兄様も私と同様に、お取り潰しになると覚悟していたようだ。殿下の言葉に右往左往している。



「殿下、お言葉が少なすぎです……正確に言えば、ザカリー殿とルイサ嬢にはお咎めはありません。咎があるのは、現当主と夫人だけになる予定です。そもそもルイサ嬢は薬物の被害者ですし、ザカリー殿も領地に出ずっぱりと話は聞いておりますから」

「まあ、アパタオの手助けをした、と言うのなら男爵家もお取り潰しあたりにはなっていただろうが、アパタオ自体も男爵家は全く関係なく、アレクサンドルの指示だったと供述しているからな」

「ええ、殿下の仰る通りです。今回ついでにはなりますが、男爵家の内情も調べさせましたが……現在領地を管理しているのは、ザカリー殿だと調査の結果が出ておりますし、その事も鑑みれば当主交代が妥当だと思います。その話は改めてさせていただきますが、お二人にとって悪い結果にはならないと思いますので、ご安心下さい」

「そう……ですか……」



 強張っていたお兄様の肩から力が抜けるのを見て、安堵した。

 間近で見てきたわけではないが、私もお兄様からの報告書が届くたびに両親の許可を得て見ていたので、お兄様が領地経営……領民のためにと力を入れてきたのだって知っている。

 その努力が今実り始めたのだ。本当に良かったと思う。


 そして自分勝手かも知れないが、お兄様が当主になればトマスとの結婚もそのまま継続するだろう。まあ、おじ様……トマスのお父様が許せば、ではあるが。

 私とお兄様にとっては良い知らせなのではないかと思った。両親にとってはその限りではないだろうが……。


 そんな時静かな部屋に、ノックの音が響いた。

 アルス様が扉を開き、入ってきたのはエリオス様とそっくりな色合いと姿の男性だった。彼はエリオス様のお兄様で、宰相補佐官を勤めているらしい。


 彼は殿下に一枚の紙を渡すと、「陛下からです」とだけ告げ、部屋から足早に去っていった。

 殿下は内容を読み始めると、口角がだんだん上がっていった。そしてニヤリと笑いながら、エリオス様に手渡す。

 

 エリオス様も眼鏡を直した後に、内容を確認する。そして顔を上げたと思いきや、お兄様に紙を手渡した。

 

 

「という訳で、ザカリー。これをご確認下さい」



 お兄様はエリオス様から紙を受け取ると、すぐに読み始めた。そして全てを読み終わった後、震える手でエリオス様に紙を返す。

 

 

「今日この時からお前はアゲット男爵となる。心して王家に仕えるように」

「……畏まりました」



 そう、先ほど手渡された紙は、国王陛下がお兄様を男爵に任命するという内容だったのだ。

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