第16話 登城

 今、私はお兄様と共に王城へ足を運んでいた。

 

 事の始まりは昨日。屋敷へ手紙が届いた事から始まった。

 ジョウゼフによって手渡された手紙には王家の紋章が模られたシーリングスタンプが押されていた。


 家族全員での登城命令に目を輝かせて、特に母は「どんな服を着ていけば良いかしら?」と早速服飾店へ繰り出していた。登城が明日になるのできっと既製品を購入しに行ったのだろう。両親は王家御用達の件だろうとワクワクしていたが、本当にそれだけだろうかと頭を捻った。

 

 

 両親は朝早く登城し、私たちは昼頃に登城したのだが、その後案内役の方から待合室のような場所……と言っても、私たちの屋敷よりも何倍も豪華ではあるが、その場所で待たされる事になった。

 

 

 部屋は一気に静まり返った。

 隣に座っているお兄様は微動だにしない。瞬きでさえしているのかも不明である。もしかしたら、お兄様も緊張しているのかもしれない。


 そんな張り詰めた空気の中、この部屋にまず姿を現したのは麗しい男性だった。まるで絵本の中から現れた王子様のような、そんな風貌をしていた。


 その瞬間、お兄様が最上位の礼をとる。私も慌てて見習った。

 後ろから二人ほど部屋に入ってきたようだが、お兄様の様子を見て只事ではないと思った私はすぐに下を向いて礼を保つ。

 扉が閉まる音と共に、私たちに声がかけられた。


 

「ザカリー、本日は急な呼び出しに応じてくれた事感謝しよう」

「本日はお招きいただきありがとうございます、殿下」



 今お兄様は殿下と言った。

 私は療養していた事もあり、王族の方々のご尊顔を拝見した事が無かったのだが、お兄様が学園に在学中、一学年上に第二王子が在籍していらっしゃったとサラ様が話していた。かの方は第二王子殿下なのだろう。



「ザカリー、俺たちの仲ではないか。ここは待機室で非公式の場とさせてもらった。学園のように話してもらって良いぞ」

「……」

 


 お兄様が無言で渋っていると、殿下は「お前は本当に真面目だなぁ」と言って笑う。

 殿下の仲が良いとは聞いた事がない。礼をとったままお兄様を一瞥すると、なにやら困っているのか眉間に皺が寄っていた。

 そんなお兄様の様子を知ってか知らでか、殿下は言葉を続けた。

 

 

「ここには俺と側近しかおらん。俺が堅苦しいのが苦手なのは知っているだろう? もう少し軽く話してくれ」

「ザカリー、殿下はこうなると頑固ですから、以前のようにお話しなさって下さい」

「……エリオス様が言うのであれば……分かりました」



 殿下の側で佇んで微笑んでいる眼鏡をかけた男性は、側近のエリオス様と仰るのだろう。彼の言葉でお兄様が顔を上げたようだ。だが、私はそんな気軽に話しかけることはできないので、とにかく頭を下げ続けた。



「妹はルイサ、だったな。そんなに畏まらなくて良いぞ」



 私はちらりとお兄様を見た。お兄様は私と視線が合うと頷いたので、恐る恐る顔を上げる。

 そもそもお兄様はどこで殿下と仲良くなったのだろうか。学年が違えば会うことはあまりない、とアシュリー様は言っていたのに。

 殿下は私の顔を見て声を上げて笑った。



「何でザカリーと仲が良いのか、疑問に思っている顔をしているな。ザカリーとは学園時代、生徒会で一緒だったからな。そこでよくお世話をしていた」



 年下の殿下にお世話される程、お兄様は問題児だったのだろうか……と疑問に思ったが、生徒会と言えば成績優秀者が選ばれるとサラ様が話していた事を思い出した。

 不思議に思っていると、エリオス様がため息をついた。

 

 

「ルイサ嬢に嘘を教えるのは如何かと思いますよ……むしろ殿下が迷惑かけていたではありませんか。貴方をお世話していたのは、ザカリーですよ……ですよね、アルス」

「ああ、その通りだ。後輩であるザカリーを顎で使っていたのは殿下だったからな」


 

 エリオス様は後方で姿勢良く立っていたガタイの良い男性に視線を送る。後々お兄様から聞いたのだが、彼も殿下の側近の一人で、護衛の担当らしい。


 

「ははは、そうとも言うな」



 二人に厳しい発言をされた殿下は笑っていたが、ここで不意に会話が途切れる。そしてつかみどころのなかった殿下の雰囲気が変わった。それに伴いエリオス様やアルス様も姿勢を正していた。



「さて、二人においては、確認したい事は多々あると思うが、先に私の話を聞いてくれ。まず何故男爵家当主が王城に呼ばれたのか、という点から話そうか……結論から言えば、違法薬物の所持疑惑によるものだ」


 

 その瞬間……息を呑んだのは誰だったのだろうか。気づいていないが、私だったのかもしれない。

 私たちにかかっている嫌疑が違法薬物所持だとは、寝耳に水である。思わずお兄様に顔を向ければ、彼も顔から血の気が引いているように見える。つまりお兄様も知らなかった事なのだろう。

 私たちが呆然としている間に、詳細な内容は報告内容を記したらしい紙を手にしていたエリオス様が話し始めた。

 


「正確にお伝え致しますと、アゲット男爵家に勤めている執事……名前はアパタオという者ですが……この度、国内で所持を禁止されている違法薬物を所持している事が調査により判明致しました。そのアパタオの雇用主である現当主であるあなた方のお父様が、この薬物について関係があるのかについて先ほどまで取り調べを受けておりました」



 エリオス様は引き続き説明してくださった話によると、所持禁止薬物はある物を加えると一滴服用するだけで死に至る劇薬となってしまうそう。しかも、そのある物がこの国ではいつでも入手できる上、生活に欠かせない物である事から、薬物自体の所持を禁止する事に至ったのだとか。


 だが、何故アパタオがその薬物を持っていたのか……その事に疑問を抱いていると、エリオス様の顔が曇り始めた。


 

「現在お二人には念の為、王城の一室で待機を命じられております。お二人は薬物所持の件に関与していないと判断されてはおりますが、如何にせん……何年もの間薬物所持者を見逃していた事もありますので、軽度ではありますが罰は受けることとなるでしょう。そして、アパタオという人物が何故薬物を所持していたのか、についてですが……」

「エリオス、ここからは私が言う」

 

 

 殿下がエリオス様の言葉を遮る。



「アパタオはトールボット公爵令息の指示を受けて違法薬物を入手し、使用していたのだ」

「公爵令息様の……?!」


 

 思わず声が出てしまい、慌てて口を押さえた。

 何故そこであの公爵令息様の話が出るのか、何故公爵令息様の指示でアパタオが男爵家に潜入していたのか……分からないままではあるが、私は血の気が引いていくのを感じた。

 他者から見れば人畜無害そうな笑みを湛えていた公爵令息様であったが、何か底知れない不気味さは禁忌の物にも平然と手を出す彼の姿を感じ取っていたのかもしれない。

 ちらりと横に視線を送れば、お兄様も目を見開いて前のめりになって話を聞いていた。お兄様も得体の知れない人物だと称していたが、まさか禁止薬物に手を出しているとは思わなかっただろうから。



「そういえばルイサ嬢、君は月に数回原因不明の病が発症するとザカリーから聞いていたが、それは本当か?」

「は、はい」



 殿下の言葉にいきなりのことで思わず目を丸くしてしまう。

 頭の上に疑問符を浮かべているのが分かったのか、殿下は思わず吹き出してしまったようだ。



「ザカリー、お前の妹は可愛らしいな。考えている事がよく表情に現れて……まるで小動物のようだ」

「……殿下、妹には婚約者がおりますので」

「知っている。妾に召し上げよう、なんて事を俺がすると思うか?」

「はい」



 お兄様の肯定に私は更に目を見開いた。慌てて顔を見れば、そこには今まで見た事もない鬼の形相を湛えたお兄様が立っている。

 お兄様はこんな表情もできるんだ……と呆気に取られていると、エリオス様のため息が聞こえた。



「はいはい、殿下……貴方の日頃の行いの問題ですね。ザカリー殿、大丈夫ですよ。殿下は本当に妾など迎える気がありませんから。こう見えてある方に一筋ですので」

「こう見えては余計だ」

「なら良かったです」



 殿下は不服だ、と示すかのように前のめりだった姿勢を崩し、背中をソファーに預ける。そして一息ついた後、先ほどのだらけた空気が一瞬で緊張感のある空気へと変化した。


 

「あの男の所持していた薬物の作用だが、服用すると激しい頭痛、咽頭炎、全身の痛み、吐き気などの症状が現れるらしい。薬の量によっては、水すら飲む事ができないほどの痛みに襲われる。この症状に心当たりはないか?」

「え……まさか……」



 お兄様が小声で呟くのが聞こえた。

 いや、もしかしたら私も同じように呟いていたかもしれない。何故ならその症状は私が昔から悩まされていた症状そのままだったのだから。

 お兄様もきっと私と同じ事を考えているに違いなかった。



「あの男は手に入れた薬物を二名に使用していた。一人はトールボット公爵家の次男のソロモン。あいつは毎日少量ずつ飲まされていたそうだ。もう一人は……君だ」

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