第15話 贈り物
そこから私は話し始めた。
最初はポツポツと拙い喋り方で話していたが、後半はあまりにも感情が抑えられず、眉間に皺を寄せながら話をしてしまっていた気がする。
領地から戻って半年ほど経った頃から病気が発症した事、いつの間にか公爵令息様が看病に訪れていた事、それを知ったのは数ヶ月後だった事、両親が彼を喜んで受け入れている事など――なるべく客観的な視点で伝えるように言葉を選びながら話した。
話し終えると、アシュリー様が「成る程ね」と呟いた。
「ちなみに幾つかお聞きして良いかしら?」
「はい」
アシュリー様は幼い時の話や、普段の生活の様子などを質問されたので、私は話せる限りの事を彼女に話す。やり取りを聞いているのかサラ様は眉間に皺を寄せながら、何か考え事をしているように見える。
質問を終えたアシュリー様は満足げにお礼を言われる中、サラ様が彼女に声を掛けた。
「アシュリー様。私から最後にルイサさんへ聞いても宜しいでしょうか?」
「ええ、どうぞ?」
「先程から、ルイサさんはアレクサンドル様の事を公爵令息様、と呼んでいますけれど、何か理由はあるのでしょうか?」
努めて冷静に話していたつもりだったが、いつもの呼び方になってしまっていたらしい。私はなるべく言葉を探すのだが……良い言葉が見つからない。きっとそんな私は目が泳いでいただろう。
「……少々言葉遣いと不敬に目を瞑っていただけますか?」と尋ねれば、許可を得たので意を決して話し出す。
「えっとですね……アシュリー様という完璧な淑女と称される美しい婚約者がいるにもかかわらず、自称幼馴染の男爵令嬢の看病をされる公爵令息様に上位貴族として如何なものか、その、少し、嫌だな……と思いまして……それが積み重なってしまったものですから、名前を呼ぶ事に
何を考えているか分からない思考がとにかく私からすれば、気持ち悪く感じるのだ。
婚約者に嫌悪感を抱いているなんて失礼極まりない事など分かりきっているので、私は再度頭を下げて謝罪しようとしたのだが、それは笑い声でかき消されてしまった。
笑い声の主はアシュリー様だ。扇で口元を隠しているが、先程までの笑い方とは明らかに違い、ははっと口を大きく開けて笑っている。
私だけではなく、隣にいたサラ様までもがぽかんと口を開けてアシュリー様を見ていると、彼女は目に溜まった涙を拭った後、扇を閉じた。
「ふふふ、大声を出してしまってごめんなさい。少々面白くなってしまって……勿論、ここでのお話にしておくから心配は無用よ。――まさか、ご自分で選んだ娘が自身に対して嫌悪を抱いているとは思わないでしょうね」
後半は小声だったため聞き取れなかったが、彼女にしか分からない何かがあるのだろう。私の話の何が面白かったのかは分からないが、ここでの話と聞いて胸を撫で下ろした。
その後は私の話を聞き終えたのか、公爵令息様の話ではなく学園の話だったり、最近の流行についての話だったりと非常に有意義な話を教えてもらっていた。
サラ様の部屋の扉が叩かれるまで、私は時間も忘れて聞き入っていた。扉が開くと、そこにはアル、とサラ様に呼ばれていた執事が立っていた。
「お話中申し訳ございません。そろそろお時間でございます」
「あら、話し込んでしまったわね。そうそうサラ、あれをお願いできるかしら」
「畏まりました」
サラ様は扉の前に立っていたアルさんに指示を出す。するともう既に用意してあったのか、手際よく白い箱が三つ私たちの前に置かれた。
なんだろう、と首を捻っていると
「これはカップですわ。サラに関しては部屋を貸してくれたお礼、ルイサさんに関してはお詫びの品ですわ」
さも当然のように、アシュリー様は私に向かって言う。
「……えっ! そんな……!頂くなんて……」
「お気遣い、ありがとうございます」
驚いた私は「お返しします」と言いそうになったが、隣でサラ様が受け取っている様子を見て、口を閉じる。チラッと彼女の方を向けば、サラ様に頷かれた。
これは受け取るべきだと判断した私は、お礼を伝える。
そばにいた侍女たちによって箱の中から出されたのは、確かにカップだった。サラ様の物は青系の花の絵柄が描かれており、私には赤やピンクなど暖色系の花があしらわれている。しかも縁取りが金箔っぽく見えるのは気のせいだろうか。
流石にこんな高価そうなカップを使うのは恐れ多いと思っていた私は、丁度部屋の中にでも飾ろうかと考えていた。だが、アシュリー様はそんな心境を見ぬいたのか、満面の笑みでこう言ってきたのだ。
「ルイサさん、良ければそのカップは使ってあげてね。保温性に優れているそうだから、温かい物を入れると良いと思うわ」
「は、はい!」
温かい飲み物……と言えば、寝る前によく飲むミルクだろう。最近使っていたコップも表面にヒビが入ってしまっていた。買い換えよう、買い換えようと思いながらも、まだ使い続けていたものだ。あのコップも気に入っているので、洗ってあちらを部屋に飾っておくのも良いかもしれない。
私はそんな事を考えながら、扉に向かっているアシュリー様に深々と礼を取った。
その後すぐにお兄様がサラ様の部屋を訪れる。サラ様のご両親に助言を貰ったらしく、「少々王都に滞在する」と珍しく鼻息を荒くして話していた。
お兄様に何をしていたか尋ねられた私は「アシュリー様と話した」と言えば、目を見開いて私を凝視している。すぐにサラ様が「問題ありませんでした」と助け舟を出してくれたので、後で話した内容を教える事を約束して私たちは席を立った。
今私はアシュリー様から貰ったカップで、寝る前に温かいミルクを飲んでいる。
茶会後、屋敷に着くと私はすぐにネリーやアパタオに、これからこのカップでミルクを持って来るようにお願いした。「サラ様からの友好の証」と言えば、納得してくれたようで、今まで使っていたカップは綺麗に洗って、きちんと部屋に飾った。
あの後、私も変わった事がある。彼女たちと話す事で、学園入学が控えている事を改めて実感したのだ。
お兄様に依頼して一期生の時の教科書を借りて読み込み始めたのもその頃からだ。お兄様はトマスと一緒にワインとチーズの営業を王都で行っているらしく、今ではチーズの良さも理解されて売れ始めているのだそう。
目下、一番の悩みどころはやはり原因不明の病気についてだ。
この原因不明の病気が早く治ってくれないかなぁ、まあ、無理だろうなぁ……とそんな事を考えていた頃。
――衝撃的な事が起こったのだ。
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