第11話 思わぬ誘い

 翌日、朝食前にお兄様はやってきた。

 

 

「手紙の件はネリーから聞いた。ネリーも覚えていた」



 新年にお兄様宛に送った手紙のことか。あの時はネリーと一緒に、返事が届かない事に首を捻っていたので、彼女も覚えていたのだろう。確かその時にアパタオから、お兄様が多忙である事を聞いたのだった。

 

 

「……その時もう一度お兄様宛に手紙を送っておくべきでした。申し訳ございません……」

「そうだな。だが、再度送ったところで俺の元に届いていたかは分からないがな……今回のようになっていた可能性は高い」

 


 そう言ってお兄様は胸元から一枚の便箋を取り出した。


 

「それは……?」

「処分箱から回収したルイサが俺宛に書いてくれた手紙だ。中身だけ抜いてきた」

「まだ処分されていなかったのですね」



 処分箱は箱が満杯になるまで処分しないという決まりがある。燃やすのにも燃料が必要だからだ。幸い今回は満杯になるのが遅かったのだろう。

 


「昨日は厳しい態度で済まなかった」

「いえ、お兄様。私はお兄様の真意を見抜けませんでしたから。怒られて当然ですわ」

 

 

 申し訳ないな、と言う気持ちで伝えれば、お兄様は私の頭をぐしゃぐしゃと撫でながら「次気をつければいい」と言われた。

 そう言えば、お兄様に頭を撫でてもらうのは久しぶりだな、と昔を懐かしんだ。

 


 思う存分撫で回して満足したのか、お兄様は私の頭から手を離す。

 

 私が髪の毛を直していると、「ところで、ひとつ頼まれたいんだが」とお兄様は言い出した。

 その顔は苦虫を噛み潰したような顔だ。



「頼まれたい、と言うよりは強制だ。俺の婚約者は知っているな?」

「サラ・ワイト子爵令嬢様ですよね」

「ああ。サラ嬢が茶会を開くとの事だ。それに参加するよう招待状を貰った」



 そうして差し出されたのが、赤いシーリングスタンプが押されている真っ白い封筒。

 我が家ではこれより少し黄ばんでいる封筒を使っている。真っ白い封筒は財力のある家でしか使われないものだ。そう、義姉様になる予定のサラ様の家は、子爵家でありながら国一番の商会を営んでおり、我が家とは比べ物にならないほどの財力を得ている。


 彼女の家は兄弟姉妹が多く、サラ様より上のお兄様やお姉様は既に学園を卒業され、結婚されているはずだ。以前お兄様から聞いた話によれば、かの家は実力主義を徹底しているため、後継も当主が彼らの手腕を確認した上で決定されるらしく、後継は次男が選ばれたと聞いた。

 だから子爵家よりお兄様の縁談が届いた時に、両親は飛ぶ鳥を落とす勢いで喜び、すぐに承諾する旨を送っていたようだ。私はお兄様から話を聞いた時に、何故うちに?と首を捻ったほどだ。

 当事者であったお兄様でさえ頭を捻っていたのを覚えている。

 

 

「両親には伝えてあるから行く分には問題はないのだが……あるとしたら……」



 何やら歯切れが悪い。



「サンタマリア侯爵令嬢は我が婚約者殿と懇意な間柄だ」

「そうですか……分かりました」


 

 つまり今回のサラ様の判断が、家の栄枯盛衰に繋がる可能性がある、と言う事だ。

 だが、私にとっては良い機会でもあるのは事実だ。


 

「お兄様、ありがとうございます」



 本当にお兄様には感謝しかない。

 お兄様が私を領地で療養させたのは、私に悪評が付かないようにとの配慮だ。それに領地での勉強が、私に知識を与えてくれた。

 貴族としてお兄様のあり方を尊敬すると同時に、両親のようなあり方では領民に迷惑が掛かる事にも気づけたのは、領地療養のおかげなのだ。


 もしあのままこの屋敷にいたら、公爵令息様が私の病気の看病をずっと続けていただろうと思うし、公爵令息様のお手付きだという認識が広まっていただろう。

 そもそも何故しがない男爵令嬢である私を構うのか、公爵令息様にやんわりと聞いているのだが……あの人は曖昧に笑うだけで、理由を教えてくれない。

 


「公爵令息様は私をどうしたいのでしょう……」



 思わず声に出して呟いていたらしく、それを聞いていたお兄様は眉間に皺を寄せて考え込む。

 

 

「上位貴族の考える事は俺には分からないな。いや、もしかして……愛人か?」

「……愛人ですか?」



 思わぬ話に目を見開いた。

 

 

「可能性の話だがな。公爵令息が看病に通った令嬢だと噂が広まれば、お前は公爵令息のお手付きと思われるかもしれない。お手付きに婚約の話が来ると思うか?」

「……」 



 来ない。うん、来ないだろう。権力、地位、財産もある公爵家だ。誰がそんな力のある貴族のお手付きを娶ろうと思うか……いや、いないだろう。


「俺としては、お前はトマスの元で子爵夫人として、我がアゲット家と子爵家を繋いで欲しい。だが、今我が家の当主は父だ。父が子爵家と婚約を白紙にする、と言えばそれが叶ってしまう……両親は俺がどうにかする。お前はできる事、やるべき事をこなしてくれ」

「分かりました」

「……まあ、行ければの話だがな」

 

 

 私はお兄様より渡された手紙を読んでいたから、彼の独り言に気がつかなかったのだった。

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