第10話 尋問
「……さて、あれだけ怒らせておけば、大丈夫だろう」
お兄様に見せたいものがあると言って私の部屋に案内する。そして座った彼の一言が、先の言葉だった。
「お兄様、まさかわざと怒らせたの?」
「……ああ。父が手を付けられないようにしておけば、ある程度時間は稼げるからな。これからの話はあまり聞かれたいものでないからな」
お兄様は目を細めてちらりと後ろを振り返ると、遠くから薄らとお父様の怒る声やお母様の叫ぶ声が聞こえている。それを宥めるアパタオらしき声も。
再度こちらを向いたお兄様の眉間の皺は、いつも以上に深いものとなっていた。その険しい表情に私は、緊張から背筋を伸ばす。
「さてルイサ。何点か確認する。一点目、この家にあの公爵令息が出入りしているのか?」
「はい」
「頻度を教えてくれ」
「月に一度から二度です。私が体調を崩した時に、看病を理由に」
お兄様がため息をつく。小声で「本当に何を考えているんだ……」と頭を抱えているのを見て、私の考えは間違っていなかったのだ、とホッとした。
公爵令息様があまりにも堂々としているので、もしかしたら両親や彼の行動が正しいのかもしれない、と思う時もあったのだ。
まだまだ聞こえる怒声を耳にしながら、私は自分の考えが間違っていないという事を再確認した。
「二点目。彼を嬉々として迎え入れているのは両親か?」
「仰る通りです」
「……そうか」
この件は手紙に書いていない。
最初はトマスが書いて送ったのだろうか、と考えていたが、ここから領地まで一週間ほど掛かることを考えると、この間送った手紙が届くのはもう少し後になるはずだ。
私は考え込んでしまったお兄様に確認する。
「お兄様、先日手紙をお送りしたのですが、届きましたでしょうか?」
「いや、手紙は見ていない」
「その件で先に聞いていただきたい事があります。は
「なんだって?」
細められていた瞳がぐわっと大きく開いた。
私は鍵付きの引き出しを開けて、インクの跡が残っている紙を取り出した。
「これは公爵令息様が伝言の際に使われた紙です」
「ほう、伝言を書いた際にインクが残っていたのか。確かにアシュリー様宛だと推測できるな。だが、そこから何故外出予定を取りやめていると考えたのかが分からないが」
お兄様の言う事は尤もだ。この紙からかろうじて読み取れるのは、サンタマリア侯爵令嬢様の名前部分のみ。内容までは分からない。
「実は私が伏せている時、この紙と共に公爵令息様はアパタオへ伝言を伝えておりました」
「その伝言は?」
「……『埋め合わせはまた改めて』と仰っておりました」
そう聞いた途端、お兄様は額に手を当てて大きなため息をつく。そしてぼそっと言葉を呟いていたが、私には聞き取れなかった。
お兄様はすぐに顔を上げ、私の顔を見る。だがその視線は非常に鋭く、私を責めているように感じた。今までにない彼の視線にたじろぎ、まるで自分が小動物になったように錯覚する。そんな感覚は間違いではなかったらしい。
「ルイサ、俺は領地へと向かう前に、お前に報告をするよう伝えはずだ。何故報告を怠った?」
その言葉を聞いて理解した。私はお兄様の優しさで、と考えていたのだが、それだけではなかったのだ。何が起きても後手にならないよう、報告を求めていたのだ。既にこの時点で後手になっているこの状況を引き起こしたのは、私である。
考えが甘かった。自分で何とかするという結論を出す前に、お兄様に伺いを立てるべきだったのだ。
「申し訳ございません」
「アレクサンドル様はいつから来ていた?」
「お兄様に一通目のお手紙を送った後からだと聞いています」
「聞いています、というのは?」
「最初は症状が今よりも重く、公爵令息様は私の目が覚める前に帰られていたそうなのです。私が気づいたのは、昨年末辺りであのお方の口から何度も見舞いに来ている旨をお聞きしました」
「どうしてその時点でこちらに伝えなかった?」
まるで悪事の取り調べのようだ。やり取りは淡々と進む。
お兄様の質問の答えで、手紙を送ったという言葉を言うのに少し躊躇った。言い訳のように聞こえるだろうし、それを証明する手立てがないのだから。
戸惑っている私の様子にお兄様は訝しげな表情を見せる。
「……どうした?」
「……新年過ぎてから手紙を、一通送りました」
喉がカラカラに乾いている。やっとの思いで答えると、お兄様は一瞬細く鋭かった目を見開いてこちらを見ている。
「なんだと?」
「……お兄様宛に手紙を認めお送りしたのですが、お返事がなく……当時アパタオからお兄様がご多忙である事を聞いておりましたので、この件は私の方でどうにかしようと考えました……勝手に判断して申し訳ございません。そして今回の件があり、お兄様に手紙を認めたのですが……」
この時に私が再度手紙を送っていたら、手紙が届かない事に不信を感じて何かしら動いていたはずだ。そうすれば、ここで勝手に判断して自分で収めようと判断した私の落ち度である。
私は鍵付きの引き出しにしまっていた、焦げ跡のある手紙を取り出す。
「このように裏庭の焼却炉で処分されそうになっておりました」
私の言葉に驚いたのか、お兄様の口が半開きになっている。
「……中身を見ても良いか?」
「勿論です」
手渡せば、お兄様は封筒から便箋を取り出し、内容を読み始めた。その視線からどことなく鋭さがなくなっているのは、私の気のせいではないだろう。
読み終えたお兄様は便箋を封筒にしまい、私の手に乗せる。私はインク跡の残る紙と手紙を引き出しにしまい、鍵をかけておいた。
それが終わり顔を上げると、お兄様と視線がかち合う。
「ひとつ聞きたいのだが、新年の時の手紙の投函は誰に依頼した?」
「ネリーです」
「……分かった」
言葉と同時にお兄様は立ち上がる。背を向けたお兄様に私は慌ててもう一つの事実を伝える。
「お兄様! 手紙は二通目もお送りしましたが、それは先日処分箱の中に放り込まれておりました。燃やされていなければ、今も手紙はその中にあるかと」
「分かった。今日はゆっくり休め」
あっという間にお兄様の背中はドアの影に消えていく。耳をすませば、お兄様の足音はだんだんと小さくなっている。そしてあんなに大声で怒鳴っていた父の声も止んでいた。
私はネリーにお兄様宛の言伝をお願いし、闇に包まれた庭を見ながら、いつものようにミルクで身体を温めて休むことにした。
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