第9話 兄の帰宅

 トマスとの逢瀬から帰宅し、私はすぐに彼宛に手紙を認めた。

 お兄様の分も書き終え、顔を上げると既に空は赤く染まっている。二通を封筒に入れてジョウゼフを呼び出し、子爵家へ届けてもらった。


 翌日、トマスから手紙が届く。無事にお兄様宛の手紙もトマスの元へ届いたと知らせてくれたのだ。やっとお兄様へと相談ができる、と胸を撫で下ろした。

 


 それから数日後、部屋で本を読んでいた私の元にやってきたのは、ジョウゼフだった。お兄様から手紙が届いたらしい。

 王都から領地には一週間ほどかかるはずなのだが、思った以上に早く到着する手紙に私は驚く。

 封を開けて読んでみれば、そこには「数日後屋敷に帰宅する」事が書かれていた。どうやら王都に用事があるらしく、屋敷に数日間滞在するとも書かれていた。


 

 手紙は両親にも届いていたようだ。夕食時に両親はお兄様の事を話していた。

 

 

「貴方、あの子が帰ってくるって本当なの?」

「ああ、そう手紙には書かれていた」

「……そう」



 お父様は不快そうに、お母様は眉を下げて困った様子で食事を取っている。

 野心家だが面倒な事は執事に丸投げするお父様と、領民の事を考えて領地経営するお兄様とは反りが合わないのだろう。

 彼が領地へ行って数ヶ月後にアパタオから聞いた話であるが、お兄様が学園を卒業した後、すぐに領地へ向かったのは領地の現状を把握するためで、現在は領地を任せている執事から手ほどきを受けている。


 私はそんなお兄様を尊敬しているのだ。



 話の通り、数日後にお兄様は屋敷に帰宅した。

 両親は私でも分かるくらい作り笑顔でお兄様を迎える。私は又聞きしただけなので、領地で療養している間に両親とお兄様に何があったのかは知らない。

 だがこの空気感からして、相当な事が起きたのだと思う。


 そんな空気感を打開しようとしたのか、お父様がお兄様に話しかけた。



「ザカリー、私たちが使えるお金は増えたのか?」



 ……自分たちの事ばかりで領地に興味がないのだな、と呆れた。そう言えば以前私の婚約について話をしていた時も、自分たちの事ばかり考えた発言をしていたな、と思い出す。

 お兄様もそんな自分勝手な両親に怒りを抱いたのだろうか、滅多に動かない眉がピクピクと動いている。その事に両親は気づいているのだろうか……いや、気がついていないようだ。


 

「増えておりません。現在は先行投資分の回収をしております。もし聞きたい事がそれだけなら、先にルイサと話をさせて下さい」

「なんだと! お前! 父を無視するのか?!」



 拒否されたと思ったお父様は顔を真っ赤に怒鳴り散らす。お兄様は慣れているのだろうか、顔色を変えることなく真っ向に言う。

 

 

「無視はしておりません。質問には答えました。貴方たちが聞きたいのは、領地の収入に関してですよね?報告書はアパタオに渡しております。そこから判断して下さい。質問があれば、後ほど伺います」

「ぐぬぬ……貴様……」



 正論な上図星だったのか、お父様は顔を茹蛸のようにしている。私は二人の険悪な雰囲気に呑まれたのか、「ぐぬぬ」と実際に言う人がいるんだ……と場違いな事を考えていた。

 ぼうっとお父様を見ていた私は、肩に軽い衝撃を感じる。ふと右側を見ればお兄様がこちらを冷めた目で見ていた。その絶対零度の視線に背筋が凍る。


 お兄様が怒っている気がする。


 私が報告しなかった事に対する怒りなのだろうか……肩に置かれた手に力がかかり、更に私の緊張感が増した。

 


「……学園について話そう。来てくれるか?」

「……ええ、お兄様」



 私たち二人はお父様の怒号を背に、部屋へと戻っていった。

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