第8話 依頼
楽しい食事の時間が過ぎていく。
今日は午後の外出だったので、個室でアフタヌーンティーをゆっくりと楽しむことがメインらしい。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、あと少しで家に帰らなくてはならない時間だ、と思うと憂鬱だ。そんな気持ちが表情に出ていたらしい。
「ルイサ、眉間に皺が寄ってるよ。もしかして苦手なお菓子があった? 取り替えてもらう?」
気を抜いているわけではないが、トマスに言われて少々眉間に皺が寄っている事に気づく。手元にあったお菓子を取り替えてもらおうと手を伸ばした彼を、私は慌てて静止した。
「まさか。私はお菓子全般大好きよ!今日のお菓子も美味しいわ」
「本当に?」
「本当よ!」
そう言って口を紡ぐ。
正直な事を言えば、多忙なトマスを家のことに巻き込みたくはない。だが、今一番信用できるのが彼なのだ。お兄様を味方につけるには、手紙を届ける必要がある。現状、何者か――多分両親なのだろうが、の手によって手紙が処分されている状態だ。何通送っても意味はないような気がする。
だったら確実に届く方法を自分で見つける必要がある。
私は両手をぐっと握る。彼であれば不用意に、これからの話を言いふらす事はないはずだ。
ある決意をした私は、顔を上げてトマスに視線を合わせる。
私の表情に驚いたのか、彼は最初目を見開いて私を見ていたが、すぐに微笑んでくれた。私の決意が伝わったようだ。
「あのね……お願いがあるの」
「お願い?」
「そう。お兄様宛に手紙を届けて欲しいの。理由は今から話すけれど、他言無用でお願いしたいわ」
「分かった」
そして私は手紙が届かない現状を彼に話したのである。
「成程。届かない手紙か……」
私は彼に、「病気の件で相談しようと書いた兄への手紙が届かない」事について簡潔に話をした。
もしかしたら公爵令息様の愛人になるかもしれない、という事は言えなかった。いや、言いたくなかったのだ。
トマスは私の話を聞いて、何やら考え込み始める。
しばらくぶつぶつ呟いていたかと思うと、顔をぐるりとこちらに向けた。
「義兄さん宛で届かないけど、僕宛では届いたんだよね……ひとつ聞いていい?」
「ええ」
「義兄さん宛の手紙は、開封されていた?」
「一通目は開封されていたわ。二通目は……横目でしか見ていないから確実な事は言えないけれど、多分開封されていたと思うわ」
僅かながらだが、上の紙との間に隙間があった事を思い出す。
その事を思い出した時、ふと気になる事がありトマスに聞いてみることにした。
「トマスの手紙は開封されていた様子はあった?」
「んー、僕宛の手紙は開けた形跡がなかったかなー」
首を捻りながら教えてくれる。トマスへの手紙が問題ないと判断されている理由は分からないが、ここが好機なのは間違いない。
「何故か分からないけれど、トマス宛の手紙は見られる事がないから、貴方経由で送ればお兄様への手紙も送れると思うのよね」
「だから、手紙の依頼なんだね。それなら丁度良かった! 今、役頭……ルイサは覚えているかな? ケネスという名前の男性のこと。今彼が父上の代わりに屋敷にいてね。明日領地の屋敷へ出発するんだ。郵便よりは遅くなるかもしれないけれど、届ける事ができると思う」
「トマスが領地へと遊びに来てくれた時に着いてきていた護衛兼役人の方?」
私の知っているケネスと聞いたら彼しかいない。婚約後に領地で療養していた時、我が家の役人とのやり取りをしていたのは彼だった。飄々としてどこか馴れ馴れしいところはあったが、仕事は忠実にこなすと我が家でも評判の男性だった。
「そうそう。ケネスは義兄さんとのやり取りも担当しているから、頼めば問題なく引き受けてくれると思うよ」
暗闇だった心に一筋の光が差し込んできたような気分だった。早速帰宅したら筆を取ろう、と思う。
「これで憂いはなくなったかな?」
「ええ、ありがとう!」
屋敷に帰る事自体は憂鬱だが、手紙が確実に届くであろう事に私は喜んでいた。憂いが晴れたことにより、先程まであまり手を付けていなかったお菓子に手をつけて食べ始める。
夢中になって美味しくお菓子を食べていた私は、トマスが微笑みながら考え事をしているのに気が付かなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます