第7話 婚約者との外出

 トマスとのお出掛け当日。

 馬車で我が家へと訪れたトマスに連れられて、彼といつも利用しているカフェを訪れていた。

 カフェへ入ると、目の前にはケーキやゼリーなど色とりどりのお菓子が置かれている。いつもなら目を輝かせてどのお菓子にしようか迷う私だったが、今はあざやかお菓子も霞んで見えてしまう。

 

 そんな気もそぞろな私の様子をトマスも不審に思っていたのだろう。

 彼に声をかけられて、はっと気づけば私は席に座っていた。しかも普段であれば景色のよく見えるテラス席を選ぶのだが、今日はなんと店の奥の個室に案内されているようだ。


 これは何かある、と思いちらりと彼を見れば、心配そうな瞳を私に向けていた。

 

 

「ルイサ、もしかして体調が悪いのかな?」

「いいえ、体調は万全なのだけれど……ぼうっとしていてごめんなさい」

「その割には元気がないな……やはり今日は帰ろうか?」



 「大丈夫」と返事をしながら、トマスと視線を合わせる。

 今日初めて彼の顔をしっかり見たような気がした。彼を見ると、どうしても婚約白紙という言葉を思い出してしまい、ちゃんと見れていなかったのだ。

 改めてトマスの顔を見れば、目の下にうっすらと隈ができている。やはりアパタオが言っていた件が原因なのだろうか。



「むしろトマスこそ、目の下に隈ができているわ。私よりも貴方の方が心配よ……もしかして、提携しているチーズの件?」



 そう言えば、トマスは目と口をぽかんと開けて私を見つめた。


 

「……そっか、知ってたのか」

「ええ。数日前に執務室で両親が話しているのを聞いたわ」


 

 トマスはふう、とため息を吐いた後、護衛以外の者たちを下がらせる。そして姿勢を直してから話し始めた。


 最近、我がアゲット家のワインと子爵家のチーズを共同開発し、高級路線で販売し始めたと聞いた。このワインとチーズは子爵様と兄であるザカリーが協力し、最高傑作と呼べる質の商品なんだそうだ。

 子爵家を通じて、ワインとチーズは売り出されたのだが、ある日その商品が誰かを通じて第一王子――現王太子が、我が家のワインの試飲をしたらしい。


 その際、王太子が我が家のワインを大絶賛されたらしく、商人の間では「アゲット家のワインが王家御用達になるのも時間の問題だ」と言われ、購入が相次いでいるのだそう。

 最近両親の機嫌が良いのは、ワインが売れているからだというのは知っていたが、まさかここまで影響が出ているとは思わなかった。



「でも、トマス。今回評価されたワインとチーズはセットで売っているはずでしょう? チーズは殿下のお口に合わなかったのかしら?」

 


 以前お兄様が屋敷にチーズを送ってきてくれた時は、とても美味しかったのに。疑問に思ってそう尋ねると、彼は顔を顰めた。


 

「殿下はワインだけを試飲したらしい。だからチーズの評価はされていないんだ。それもあって、ワインとチーズの売り上げの差は開いてしまったんだ。セットで売り出しているから、チーズも一緒に購入してくれる商人も多いんだけど、やっぱりワインだけが欲しい、という商人が多くてね……」

「……だから両親が婚約白紙にしようか、と言っていたのね……」

「婚約を白紙だって?」

「ええ。我が家のワインが王家御用達になれば、もう子爵家と提携する理由がない。とでも思っているのではないかしら? あの人たちは自分がよければ、それでいいって考えだから。一応まだ様子見の段階ではあるらしいけれど……」

 

 

 流石まだ婚約白紙について子爵家には伝えていないようだ。

 

 元々この提携は商人に伝手の多いアゲット家と、上位貴族に伝手の多い子爵家がお互いの販路を利用し合う事によって、販路を拡大させる目的があった。

 確かに我が家のワインが評価されて王家御用達になる事は、有り難い事ではある。だが王家御用達になるからと、我が家の利だけ受け取った状態で契約を破棄するのは、人としてどうなのか。

 

 普通に考えて、恩を仇で返すアゲット家両親を信頼する貴族はいなくなると思うのだが。

 


「今まで助けてもらっていたのに、申し訳ないわ……」

「いや、領地の発展を考えたら、君のご両親のような考えになるのは仕方のない事だと思うよ」

「いいえ、自分たちだけ利を得ることができたから、用無しだと言わんばかりに切るなんて……他の貴族から見れば信用を失う行為だわ。それに、販路は子爵様の繋がりでしょう? 子爵家と婚約解消した後、そのつながりを使えるとは思わないのだけど……そこまで考えているのかしら?」


 

 男爵であるにもかかわらず、お兄様や領地の役人達に執務を丸投げしている父が、知ったような顔で私の将来を握っている。義務を放棄している癖にそういう時にだけ権力を持ち出す父は、権力を持たせてはならない人間だと思う。


 この数日間で両親への気持ちが格段に冷えている。いや、正直今までもそんな思いを感じていたのだが、見て見ぬ振りを私がしていたのだ。私を育ててくれた両親である。変わってくれる、気づいてくれると信じていたのだが……。

 


「それに、今実務を担当しているのはお兄様よ。のんべんだらりと遊んでいる両親が領地を繁栄させる手腕を持つとは思わないの。私は正直、貴方との婚約が無くなるのは嫌だわ。令嬢の端くれとして、家の指示には従わなくてはならないけれど、気持ちとしては貴方と将来を歩んでいきたいと思っているわ」



 そこまで言い切ってハッと気づく。両親への苛々からか、思わず考えている事を口にしていたらしい。「将来を歩んでいきたい」って告白じゃない! そう気づいた私は恥ずかしさから手で顔を覆った。

 無言の時間が流れる。あんなに煩かった心臓音も落ち着き、顔を手で隠しながらチラリとトマスの顔を覗き見る。すると彼は頭を抱えていた。よく見ると、耳は真っ赤に――。


 顔から手を離せば、彼も丁度頭から手を離していた。視線が合う。

 先程は見間違いかと思うほど、トマスの表情に余裕があるように見える。私が昔から大好きな優しい笑み。


 

「僕も同じ気持ちだ。こんなに可愛らしいルイサを誰かに取られるなんて、考えられないよ。胸を張って迎えに行けるよう頑張るから、少し待ってくれるかい?」


 

 そんな彼から可愛いと言われて、私は大きく動揺した。


 

「もっ勿論よ!私も頑張るわ!」



 動揺から、声が裏返ってしまい顔を真っ赤にした私を見ながら、トマスはニコニコと微笑んでいる。そんな彼の笑顔を今日初めて見たような気がして、私も満面の笑みを返した。

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