第5話 罪悪感

 無事に部屋に帰ってきた私はホッと胸を撫で下ろす。


 私は胸に仕舞い込んでいた手紙を机の上へと置き、折り目部分を丁寧に広げた後、表面に書かれた宛先を確認した。

 

 

「どう見ても私が認めた手紙ね……」

 


 思わず呟いてしまい慌てて口を噤む。封を切って便箋に書かれた内容も確認するが、やはり何度見ても自分の筆跡であり、以前執筆した内容と同じものである。

 

 

 しかし何故兄へ送る予定だった手紙が焼却炉にあるのか……と思いながら何気なく封筒を見ていると、封筒を止めていたはずのシーリングスタンプが少し剥がれている事に気づいた。


 つまり誰かが私の手紙を読んだ、という事になるだろう。


 この手紙は「病気の私の元へ公爵令息様がお見舞いにやってくるのだが、どうすれば良いか相談したい」という旨を認めてある。

 私としては兄に現状を直接話すべきだと感じたので、このような文面にしたのだが……この文面が兄に届くのを恐れた人物がいるという事か。


 ……考えたくはないが、父か……もしくは母か。二人は公爵令息様がこの家へと訪れる事を嬉々として受け入れているから、兄への報告を嫌がるのは目に見えていた。


 兄と両親の仲が冷えているのは、領地経営の考え方の違いも勿論あるが、私の事について意見が分かれていたからでもある。


 私は幼い頃――特に6歳の頃だろうか。今と同様に熱を出していた頃がある。症状は今に比べれば軽かったため、初回は医者から風邪だろう、と判断されていた。だが、病状がだんだん重くなっていたからか、原因不明の病だと診断されたのだ。

 実はその時から公爵令息様が看病のためにと、数回私の家に来ていたらしい。


 兄は幼いながらもその事に疑問を持ち、両親を説き伏せて私の領地療養をもぎ取った経緯がある。

 

 表向きは、このまま病弱であれば王都にある学園へと通う事ができないのでは、という理由だった。学園は全貴族令嬢(令息も同様だ)が通うことを義務付けられている教育機関だ。そこを卒業していない、という事は貴族令嬢として見られないという事に繋がってしまう。


 体裁を気にする両親は、表向きの理由を聞いて大いに戸惑ったらしい。いくら公爵令息様と繋がりが持てたとしても、その繋がりの生命線でもある私が貴族と扱われなければ意味がないとでも思ったのだろう。


 実際はアレクサンドルと物理的に引き離せば、彼が頻繁に我が家に来る事はないだろうと兄は考えたようだが、それはともかく兄の努力によって私は7歳の誕生日を迎える前に、領地へと向かうことになったのだ。


 領地で療養する事数ヶ月。田舎の空気が合ったのか、体調を崩さなくなった私だったが、兄の思い通りに事が進んでいる状況に彼らのプライドが刺激されてしまったらしい。その頃から両親と兄との距離が離れていったようだ。

 私が療養から戻ってきた時、すぐに彼らの纏う雰囲気が冷え冷えしている事に気づき、昔から我が家に仕えてくれていたネリーに尋ねたところ、「内緒ですよ」と言いながらこっそり教えてくれたのだ。


 ずっと思考を張り巡らせていた私だったが、ドアのノック音とネリーの声が聞こえた事で顔を上げた。大急ぎで鍵付きの引き出しに手紙を閉まい、動揺を隠しながら普段通りの声を心掛けて了承を告げる。

 

 

「お嬢様、ご要望の封筒と便箋が手に入りましたので、お持ちしました」

「ありがとう。いただくわ」



 そういえば庭へと散策へ行く前に、あと少ししか余りがない封筒と便箋を持ってくるように、とネリーにお願いしていたのを思い出した。

 お礼を伝えて受け取った後、さも今思い出したかのように彼女に尋ねた。



「あ、そうだ。聞きたい事があるの。数日前貴女にお兄様宛の手紙を出すようにお願いしたと思うのだけれど……」

「はい。何かございました?」



 怪訝な顔をしてこちらを向く彼女に、私は困惑の表情を向けながら話す。


 

「……確認のために聞きたいのだけれど、手紙は出してもらえた? お兄様からお返事が無いものだから、ちょっと心配していて」


 

 そんな私の言葉に驚いた彼女は、少し考える仕草をして躊躇いながら口を開いた。



「出しているとは思いますが……申し訳ございません。投函したのかは分かりかねます」

「え?どういう事?」



 話を聞けば、彼女が手紙を出そうと屋敷を出ようとしたところ、執事見習いのジョウゼフに呼び止められたらしい。

 丁度その時父も手紙を書いていたらしく、それが終わったら「後でまとめて出してくる」と言われたため、手紙を渡したのだそうだ。



「教えてくれてありがとう」

「あの、手紙の件は……」

「ああ、私からジョウゼフに聞いてみるわ。もしかしたら返事も届いているかもしれないから、気にしないで」



 青白い顔だった彼女の頬に赤みがさしたところで、礼を取って部屋から出ていった。なんとなくではあるが、ネリーは嘘をついていないと思う。

 

 それより気になるのは、ジョウゼフだ。彼は半年ほど前に執事見習いとして屋敷に雇われた者だ。

 元々アパタオには別の執事見習いが付いていたが、田舎の両親の体調が急変したらしく、辞職願を父に提出したと聞いている。その代わりに入ったのがジョウゼフというわけだ。


 彼は必要事項以外滅多に喋らず、特に私的な話はほぼせず、雇用期間の短さも相まって我が家で唯一謎の存在。

 だが、仕事の面では厳しいアパタオがジョウゼフに様々なことを任せ始めていると聞いていたので、きっと有能な人なのだろう。


 彼にどう確認を取ろうか、と悩んでいる時にまたノックの音が聞こえる。

 入るように返事をすれば、そこにいたのは噂のジョウゼフだった。



「お嬢様、トマス様よりお手紙が届いております」

「あ、ありがとう、ジョウゼフ」



 急な登場により思わず声が上擦ってしまったが、ジョウゼフは全く気にしていないのか、顔色ひとつ変える事はない。

 手渡された手紙を受け取った後、私は思い切って話を振ってみる事にした。

 


「そう言えば、最近はジョウゼフが手紙を持ってくることが多いのね。手紙の管理は貴方の担当になったの?」



 以前から手紙の管理は執事であるアパタオの担当だと思っていたのだが、いつの間にジョウゼフに変わったのだろうか。

 疑問に思っていたので聞いてみれば、腑に落ちたのか「ああ……」と呟いた。


 

「それでしたら……一週間前からでしょうか、アパタオさんより手紙の管理を任されるようになりました。もしかしてお伝えすべきでしたか?」

「ううん、少し気になっただけだから。いつもありがとう」

「仕事ですから。それでは失礼します」


 

 そう言って長居をせずに出ていくジョウゼフの背中から目を離せなかった。

 一週間前と言えば、兄に手紙を認めた時期と丁度被るくらいだろうか。

 

 きっと彼が偶然私の手紙を落としてしまい、誰かが拾ったのかもしれない――という可能性を信じたいが……どうしても焼却炉に持っていく理由が見つからない。

 男爵家では焼却するものは、幾つかの箱に纏められ、焼却炉に持っていく直前に再度処分して良いものかどうか確認を取ってニックへと手渡すようになっている。

 焼却炉に手紙があったという事は、誰かが意図的に持っていった可能性が高いだろう。

 

 両親や家の使用人への複雑な思いに罪悪感を覚え私は頭を抱えそうになった。

 だがジョウゼフから渡された手紙が婚約者のトマスのものである事を思い出し、この件は先送りにして婚約者から届いた手紙を開封した。

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