第3話 諦め
ため息が漏れるのも仕方のない事だと思う。
私は毎回お見舞いに来た彼へやんわりと「私に構わないでください」と伝えている。だが、公爵令息様の心に響かないまま、今に至っている。
念の為毎回感謝を述べる際に、彼の予定も確認していたのだが、いつも「大丈夫」という言葉が返ってきていた。その言葉を鵜呑みにしていた私も、駄目だったのだろう。
まさか予定を犠牲にしてまで来ていた、とは思わなかった。
両親がよく言っている褒め言葉の中に「誠実」という言葉があって、私は無意識にそれを間に受けていたのだろう。そもそも婚約者でもない令嬢の元に居座る彼が、誠実か……と言ったら、そんな事はないはずだ。
先程の返事では、彼は次もまた見舞いにくるであろう事が予想されたので、うーん……と首を傾げながら対応を考えていた私だったが、こちらへ来る足音で思考が中断される。
バンっ、と力任せに扉を開けたのは父だった。目は釣り上がり、地団駄を踏んでいる。
なにやら怒っているらしい。私を睨みつけ唾を飛ばしながら叱責した。
「ルイサ! あの態度はなんだ!!」
いきなり怒り出した父に困惑する私。ここまで激怒する、という事は公爵令息様に対する私の態度に文句があるのだと思うが……いつもと同じように対応したし、問題なかったはずだ。
「あの態度?……いつのことですか?」
「お礼を言う時の態度だ! ……あんなに体調が悪い振りをして、またアレクサンドル様の手を煩わせるつもりだったのか?!」
もしかして、咳き込んだ事を言っているのだろうか?
結局実の娘の身体よりも、公爵令息様を父は取るらしい。私は眉を顰めた。
「咳き込んでしまったのは……寝起きで喉が渇いて上手く声が出せなかったのです」
「なら何故『水が欲しい』と言わなかった?」
そう言われて、再度ため息をつきたくなった。
以前喉が渇いていたからと、公爵令息様にお礼をする前に水を一杯欲しいとお願いした事があった。その時に「そんなのは後にしてお礼を言え」と怒った事を覚えていないのか。
理不尽。そんな言葉が頭を埋め尽くす。
だが言っても聞かないのが我が父だ。ここはまず謝罪する。父はそれで満足かもしれないが、私は言いたい事があるのだ。さっさと本題に入ることにした。
「それよりも……お父様。そもそも、私の病はお医者様から病の名が『不明』と言われているのはご存知ですよね?」
「いきなり何を……それくらい分かっているが」
いや、分かってないだろ……という言葉を呑み込んで、私は父にあえて視線を合わせ、首を傾げて言った。
「そう考えたら、公爵令息様にはお見舞いを控えてもらった方が良いと思うのですが」
「なっ……なんてこ「もし!」
無礼ではあるが、今にも罵倒しそうな父の言葉を遮った。話など聞かない父だ。言いたい事は話を遮ってでも言わなくてはならない。
父の顔は真っ赤だが、従順な私が自分の言葉を遮った事に驚いたのか、ポカンと口を開けている。そんな父を尻目に私は話し続けた。
「お父様、よく考えていただきたいのです。もし……この病が未発見の伝染病で公爵令息様にうつってしまったらどうします? 公爵令息様が発症しなかったとしても、彼には病弱な弟様もいらっしゃるはず……万が一弟様にうつる事があったら……」
父の顔が真っ青になる。お取り潰しの可能性を考えたのだろう。
今言った通り、公爵令息様には弟がいる。彼は生まれつき病弱で、今も一日の大半をベッドの上で暮らしている事は貴族内では有名な話だ。だからこそ余計に心配なのだ。
「それに私が病気だからといって、未婚の男女が部屋で一緒……はどうなのかなって思います。公爵令息様や私に傷が付くとは思いませんか?」
以前はネリーが付きっきりになる事が多かったが、最近彼女から話を聞くにそうでもないらしい。つまり2人だけの時間があるということだ。
一人は病人とはいえ、周囲から見てどう思われるか……彼よりも私の方が傷になる可能性は高いと思うのだが、分からない父ではないと願いたい。
だがその願い虚しく。
「あー、五月蝿い! アレクサンドル様がいい、と言っているのだから問題ないはずだ! 娘のお前が知った振りをして語るな!」
そう言って怒りに身を任せながら、乱暴に扉を閉じて部屋を出ていく父。
……ああ、もう駄目だ。何を言ってもこの人たちは聞いてくれないんだな。
父が出て行った扉を見つめながら、そんな事を私は考えていた。
下位ではあるが、私は腐っても貴族令嬢なのだ。アゲット家の娘として、恥ずかしくない私でいたいと思っている。
……だが父、いや男爵は娘の名誉よりも公爵令息様を大切にする事を選んだのだ。
その事実を受け入れる必要がある。
今までこの件で目を逸らしていた私も、やっと目が覚めたような気がした。
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