第41話 食べ過ぎ

「食べ過ぎた……。」


 つぶやいて、光はお腹をさすった。


 ちょっと……いや、結構苦しい。


「光も学ばないねぇ。」


 隣に座っている零華に、面白がるように……呆れるように言われる。


「祭りとか食べ放題の後、大体そうなってるじゃん。」


 ぐうの音も出ない。


 光はベンチの背もたれに寄りかかって、空を眺めた。


 幸い今日は晴れだったので、空が紺色に澄んでいる。

 無数の……というほどではないが、いくらか星が瞬いているのが見えた。


 田舎とも都会ともいえないこの地域で生まれ育った光にとっては、見慣れた光景だ。


 しかし今日この場所で見る、星々、そして一際大きく明るく輝く月は、少し幻想的かもしれなかった。


 ……光がこんな状態でさえなければ。


 はあぁ、と深いため息をついた。


「まあまあ、花火まではもう少し時間あるしさ。」


 励ますように言ってくれる零華に目を向ける。


 相変わらず綺麗で、可愛い。


 そして、こちらに笑顔を向けてくれている。

 優しい。


 だからこそ、ベンチの背もたれにもたれかかって動けない自分が情けなくなる。


「でもさぁ……せっかくの祭りだし……。」


 お腹をさすって言う光に、零華は苦笑した。


「や、まあねぇ……それはもう慣れたし……。」


 ……それはそれで、どうなんだろうか。


 いつもついはしゃいでしまって、つい胃の容量を超えるまで食べてしまう自分を思い返して、微妙な気持ちになる。


 最初は、零華の方がはしゃいでいたのに。

 零華の方が、食べ物に目を輝かせていたのに。


 だんだん光も楽しくなってきてしまって、調子に乗って色々食べすぎたのだ。


「でも、私もお腹いっぱいだなぁ。」


 零華はそう言っているが、食べ過ぎて気分が悪くなっている光とは違って、声から余裕が感じられる。


 なんであんなにはしゃいでいたのに自制ができるのだろうか。

 ……いや、自制できなかった光が悪いのか。


 夜風が優しく頬をなでた。

 風にまで気を遣われている気がして、なんだかおもしろくない。


 のろのろと腕を持ち上げて、時計を見た。


 さっき零華が言ったように、確かに花火まではまだ時間がある。


 二人は今、一旦祭りの会場を離れて、待ち合わせした公園で休んでいた。


 ……少し休めば、きっと気分もマシになるだろう。


 そうは思うけれど、でも。


「なんか、ごめん。」


 零華に謝る。


「せっかく久しぶりに一緒に来たのに……。」


 零華の顔を、なんとなく見れなかった。


「せっかく……」


「光。」


 唐突に言葉を遮られた。


 優しい声だ。


 少し驚いて、零華を見る。


 すると、零華に両手で両頬をはさまれた。


「うじうじしないの。私は光といるだけで楽しいからさ。」


 いきなり頬を挟まれた驚きと、発言に対する驚きで固まる。


 ……かなり、ずるいと思う。


 普段は少しの接触で恥ずかしがるくせに、こういう時はすらすらと歯の浮くようなセリフを言ってしまうのだから。


 急に、かっこよくなる。


 本当は、光がそうありたいというのに。


 うりうりと頬っぺたを潰されて恥ずかしいような、励まされて嬉しいような情けないような。

 複雑な気持ちになる。


 しかし、ここまで言われているというのに、いつまでもうじうじしているのも情けない。


 光は笑みを浮かべた。


「ありがと。」


 素直に感謝の言葉を伝えると、零華がはにかんだように笑った。


 心臓が跳ねる。


 今日だけで、いくつ零華の知らなかった顔を知っただろうか。


 意識するだけで、手に汗が浮かんできて。

 そして、顔に熱が昇ってくるのだからたまらない。


 光は逃げるように零華の手から抜け出した。


 そのまま二人並んで、まばらに瞬く星を見ながら休息の時を過ごす。


 でも、心臓が平常時の心拍数に戻るにはまだ時間がかかりそうだ。


 頬を撫でる夜風が、今度はありがたく感じられた。

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