第40話 祭りと手と手

「おお……」


「わぁ……!」


 祭りの会場の入り口で、二人して感嘆の声を上げた。


 数えきれないほど沢山の人々が、祭り特有の橙色の灯に照らされながら屋台を楽しんでいる。


 ある人は焼き鳥を、ある人は綿菓子を片手に、友人や家族、恋人と談笑している。


 焼きそば、たこ焼き、かき氷。

 それに、ヨーヨー釣りに金魚すくい。


 他にもたくさんの屋台が立ち並び、生き生きとした顔の人々が行き交っていた。


 すっかり日が暮れて辺りが紺色に沈んでいる中、この一帯だけがオレンジ色に明るく照らされている様子は、祭り特有の雰囲気と活気を感じさせる。


 光と零華は顔を見合わせた。


 言葉を交わすまでもなく、お互いの気分が高揚していることを感じられた。


「まず何食べる!?焼きそば?焼き鳥?それとも甘いの行っちゃう??」


 零華をよく知らない人が見たって、テンションが上がり切っているのが分かるだろう。


 目をキラキラさせて食べ物を見つめる零華を見て、光は自然と口角が上がるのを感じた。


「時間はあるから色々食べようよ。ゆっくり見て回ろう。」


「行こう!光!」


 はしゃぐ零華を落ち着かせようと言ったのに、本人はあまり聞いていないみたいだった。


 そんなに急がなくったって屋台は逃げていきはしないのに、と思う。


 しかし大輪の花が咲いたかと見まがうほどに、綺麗に華やかに、そして楽しそうに満面の笑みを浮かべている零華を見ると、そんなことはどうだってよくなってきた。


 ……祭りに来た時くらいはしゃいでもいいか。

 というよりも、目一杯はしゃぐべきかもしれない。


 そして、零華の姿を、零華との思い出を、しっかりと脳に焼き付けるべきかもしれない。


 そう、思い直す。


 光も、祭りの雰囲気に浮かれているのかもしれない。


 でもたまには、それもいいだろう。


 だって今日は、祭りなのだから。


 零華が、スキップするように歩き出す。


 下駄を履いていて動きにくいだろうに、器用だ。

 そしてそんなところも、愛おしい。


 光は小走りで零華に追いついた。


 目が合って、満面の笑みを向けられた。

 本当に、可愛い。


 少し大人びた浴衣を、綺麗に着こなしているというのに。

 無邪気に、本当に楽しそうに笑うものだから心臓が持たない。


 逃げるように前を見る。


 人がごった返している。

 決して都会とは言えないこの辺りでは、あまり見ない光景だ。


「人、多いね。」


 同じことを思ったのか、零華が言った。


 なんとなくその顔を見て、息をのむ。


 その表情には、先ほどまでと違って少し恥じらいが混ざっているように見えて。


 ……その発言の、表情の意味が分からないほど、鈍感ではない。


 光は手を伸ばして、零華の綺麗な手に触れた。


 すらりとしていて、ほどよく柔らかい手。

 普段あれほど一緒にいるというのに、触れる機会はあまりない手。


 その手を握る。


 零華が、嬉しそうに、はにかんだように笑った。


 それだけで、胸がどうしようもなく高鳴る。


 ……指を絡めたら、どんな顔をしてくれるのだろうか。

 気にはなるけれど、今それはできない。


 ……来年、また一緒に来ることができたら。

 その時は、今日のことを思い出しながら指を絡めて手をつなごう。


 心の中で決意をして、零華に笑みを浮かべた。


「行こう。」


「うん。」


 光が言うと、零華が嬉しそうに、楽しそうに返事をした。


 この時間が、一生続いてほしい。

 そんなことを思ってしまうくらいには、光も浮かれているようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る