光と、零華。
第37話 決意
*光視点
チュンチュンと、慣れ親しんだ朝の音が鼓膜を震わせる。
光は、薄くまぶたを開けた。
眩しい。
夏の強い日差しが、カーテンを突き抜けて部屋に差し込んでいる。
あくびをして、うぅ〜んと伸びをした。
淡い暖色系の壁紙が、陽光に柔らかく彩られているようだ。
寝返りをうち、枕元のデジタル時計に目をやる。
音もなく静かに時を刻むそれは、見る人にスタイリッシュな印象を与える。
光が、密かに気に入っている時計だ。
暖色系の壁紙が貼ってある部屋では、いささか浮いて見えるかもしれないが。
「9時20分……。」
むにゃむにゃと意味もなく呟く。
眠い。
瞼が、上がらない。
このまま二度寝したい……けれど。
「暑い……。」
先程よりもしっかりした声で、目を開けて呟いた。
暑い。
まだ朝で、それも室内にいるというのに、額に汗が浮かんでくる。
まさに残暑というべき暑さだ。
ムクリと起き上がって、机の上に置いたクーラーのリモコンに手を伸ばす。
ピッ。
聞くだけで夏を思わせるような、無機質で涼しげな電子音が鳴る。
冬に暖房をつけるときも、音は同じはずなのに。
夏にこの音を聞くと涼しげに聞こえるから不思議なものだ。
しばらくするとひんやりとした風が吹いてきて、光は息をついた。
あまりの暑さに眠気もすっかり飛んでしまったようだ。
クーラーから送られてくる涼やかな風を感じつつ、身体を起こす。
再び机に手を伸ばして、今度は体温計を手に取った。
服をたくし上げ、脇に挟む。
電子音が鳴るのを待ちつつ、光はため息をついた。
零華の誕生日の日、……つまり二日前、ずぶ濡れになった二人は、あの後揃って風邪を引いてしまったのである。
……無理もない。
光も零華も、土砂降りの中、傘すら差していなかったのだから。
いくら夏とはいえ、いくらお互いの温もりに包まれながらとはいえ、1時間と言わないほど長い間雨に打たれていたのだ。
風を引いてもおかしくはない……というよりも、風邪を引かないほうがびっくりである。
そんなこんなで二人揃って寝込むことになったのだった。
本当に……と再びため息を付く。
ピピピピッ、ピピピピッ。
電子音が鼓膜を震わせる。
脇から細長い機械を引き抜く。
「あ、下がってる。」
36.5度。
モニターに映し出されている数字は、平熱を表していて。
花火大会は、明後日だ。
熱で行けなくなったらどうしようかと思っていたが、杞憂だったらしい。
……はあ、と今度は安堵のため息をついて、光は伸びをした。
……。
伸びをして、今度はうずくまる。
顔を、手で覆った。
覚醒した頭は、真新しくて鮮明で、それでいて考えるだけで悶えてしまいそうな記憶まで思い出してしまって。
ベッドの上で丸まり、呻く。
”ずっと一緒”だとか、”離れないで”だとか。
”一緒に、行こうよ”だとか。
「何言ってんだろ、俺……」
いや。
いや、本心ではあるが。
本心ではあるのだが、あまりにも恥ずかしい。
……しばらく零華と会えないかも……。
離れないと言い合ったというのに、そんな情けないことを思ってしまう。
恥ずかしい。
あまりにも恥ずかしい。
”あんた寝言でずっと零華ちゃん呼んでたわよ。……知恵熱ってやつかしらねぇ。”
昨日、母親から額を触られながらそう言われた時は、38度の熱とあまりの羞恥が合わさって、漫画のキャラのように気を失うかと思った。
頬が熱い。
思い出しただけでこうなってしまうのに、実際に零華と対面したらどうなってしまうのだろうか。
会えない。
……。
”はなれないで”
そんな声が、脳裏をよぎる。
なんだか、零華に心を読まれたような心地がして、一人で慌てた。
あの言葉は、嘘ではない。
心からの、本心だ。
光は……零華が、好きだ。
今も、零華に会いたい。
離れていた分を埋めるように、くっついていたい。
でも……でも、そうは思うのだけれど。
はあ〜、とため息を付いた。
意気地なしな自分が、嫌になる。
花火大会に誘ったは良いけれど、そこでクラスメイトに会ったらどうしようとか。
どんな顔して零華に会えば良いんだろう、とか。
……告白、できるかなとか。
……いや、流石にする、けど。
ベッドに大の字に寝転がる。
頬が、冷めそうにない。
なんとなく、目にかかった少し長い前髪に触れた。
……切ろうかな。
ふと、思う。
この髪、切ろうかな。
ベッドから降りて、洗面所へ向かう。
洗面所の鏡に映る自分は、少し野暮ったい気がして。
手で、髪をかきあげてみる。
……もしかしたら。
……もしかしたら、今までとは違う形で零華の隣にいることになるかもしれない。
零華は、光が今のままでも気にしないのかもしれないけれど。
……もし、もう少し身なりを整えたら。
そうしたら、もしかしたら、胸を張って零華の隣にいれるようになるのかもしれない。
どちらにせよ、零華に釣り合うくらいのイケメンには、到底なれないのだけれど。
それでも、できる限り努力すれば、零華の隣りにいても文句は言われないんじゃないかって。
なにより、自分に自信を持てるんじゃないかって。
鏡の中の自分を見つめる。
”清潔感があるかどうかは大事”
どこかで見た、そんな言葉を思い出す。
「髪、切ろうかな。」
口に出して、呟いてみる。
零華と、一緒に居たい。
でも、中学校の時のようなことには、なりたくない。
零華を、自分を、傷つけたくない。
だから。
だから、せめて。
せめて、零華の隣にいて文句を言われないような、そんな人になりたいから。
ぱんぱんと、自分の頬を叩いた。
「頑張るぞ、俺。」
両親は仕事に行っていて家に居ないから。
自分の決意を、声に出して宣言した。
なんだか、少し気分が晴れた気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます