第16話 光の誕生日に、零華は

 そんなこんなで、手作りのお菓子を贈ろうと決意した、はずなのだけれど。


「……やっぱり市販の買いにいこうかな。」


 零華は、完成したマカロンを前にして。


 光の誕生日の、前日に。


 そう呟いていた。


 窓の外を見る。

 ……もう、暗い。


 でも、1人で外を出歩けない時間帯でもない。

 

 今からコンビニに行って、適当にスナック菓子を買おうかな。


 思わず、そう思う。


 ……だって。


「だって、マカロンを贈ることの意味なんて知らなかったもん。」


 言い訳するように口にした言葉は、誰にも聞かれることなく消えていく。


 手に持っているスマホに映されているのは、あるサイト……人に贈るお菓子とその意味が書かれたサイトだ。


 一回作ってみたかった……そんな理由で、マカロンを選んでしまった自分を恨む。


 だが、もう作り終わってしまっただけに行き場のないやるせなさだけが残った。


 今日は学校の行事の影響で昼前に下校することとなった。

 

 だから、帰ってきてすぐにマカロンを作り始めて。

 そして苦戦しつつもどうにか完成させてから、光の家でご飯を食べて帰ってきて。


 多少不恰好ではあるものの、ちゃんと食べれるクオリティのものを作れたことに安堵しつつ、スマホを開いて。


 そして、なんとなく気になってマカロンについて調べようとしたら、”マカロン 意味”という文字が検索候補に出てきたから。


 なんだろう、と思って、思わずタップしてしまった、のだけれど。


 ……いっそのこと、意味とか何も知らないまま贈っていればこんなに悩まずに済んだのに、と思う。


 だけど、それはそれで、後になって意味を知った時に多大なダメージを受けそうだ、とも思うわけで。


 感謝の気持ちを込めて作ったはずのマカロンを、睨む。

 が、当然ながらマカロンに罪はない。


 ……。


 はぁ、とため息をついた。


「大切な人……って、そんなの、あげれるわけないじゃん。」


 机の上に組んだ腕に、額を乗せた。


 マカロンの意味……それは、“大切な人”。


 無視するには、少し……なんというか、重めな意味で。


 しかも、手作り。


 “手作りは、想いが伝わりやすい”


 ……手作りをしようと決意した理由でもあるそれが、裏目に出ることになるとは思わなかった。


 ただでさえ重めの”大切な人”という言葉が、手作りという事実を味方につけてさらに重みを増している気がする。


 素知らぬ顔をして光に……あげられるわけがない。


「大切な、ひと。」


 小さく呟いた。


 その声に、乗せるつもりのなかった感情まで乗ってしまった気がして、頬が熱を帯びる。


 ……別に。

 別に、光をそう思っていないわけでは、ない。


 大切、だ。


 もちろん、とてもとても大切だ。

 

 母親と、今は亡き父親を除けば、間違いなく一番大切な存在だと断言できるくらいには。


 だけど、それを伝えるには勇気も覚悟も足りなくて。

 光との関係も、それを伝えられるような間柄ではなくて。


 どう、しよう。


 途方に暮れて、零華は肩を落とした。







 忘れ物、してないよね。


 ふと、そう思ってバッグの中を覗いた。


 ……うん、ある。


 バッグの中に市販のスナック菓子があるのを確認して、ほっと息をつく。


 結局、昨日の夜からずっと、悩みに悩んで。

 学校でも、授業中ずっと上の空になるくらいに悩んで。


 それでもマカロンをあげる勇気は出なくて。


 今日、学校から帰る途中に急いでスナック菓子を買ったのだ。


 ……でも。


 でも、正直、少し気が重い。


 バッグの中に目をやり、唇を噛んだ。


 そこに入っているスナック菓子は、この前見た期間限定商品……ではなく、どこにでも売ってある定番のもので。


 いつもなら丁寧に詰め合わせるはずのお菓子たちも、今日は味気ないレジ袋に入っていて。


 プレゼントとして渡すには、それこそあまりにも冷たかった。


 でも、でも。


 バッグの中を探って、なんとなく持ってきてしまったその袋を取り出す。


 でも、このマカロンをあげるのは、……勇気がなくて、怖くて。


 気持ちを込めて、頑張って作ったけど。

 丁寧に、綺麗に包んだけど。


 可愛く飾られたその袋。

 そして手作りのマカロン。


 ただの幼馴染へのプレゼントと言うには、……少し、本気度が高すぎて。

 

 気持ちが、込められ過ぎている気がして。

 余計な感情まで、伝わってしまいそうで。


 “幼馴染”と言う関係を変えるつもりも、その勇気もないのに。


 唇を結んで、マカロンをバッグにしまう。


 もういっそのこと、プレゼントを家に忘れたことにしようかな。


 そんな、弱気な考えが頭をよぎる……けれど。


 チクリと、胸が痛む。


 零華は沈んだ表情で、学校での光の様子を思った。


 零華は昨日からずっと、”特別な人”について考えていた、のだけれど。


 ……光は、察しがいいから。

 考え過ぎて混乱している零華の目から、何かを読み取ってしまいそうで、怖かったのだ。


 マカロンを渡すべきか、渡さないべきか。


 それを考えていたこともあって、光と目を合わせるのは、なんとなくいたたまれなくて。


 今日は、光を避けてしまった。


 唇を噛み、数学の時間に見た光の表情を思い出す。


 零華が顔を見ずに、気まずさを隠そうと笑みを貼り付けてお礼を言った時。


 傷つけた、かもしれない。


 いや、傷つけてしまったと思う。


 一瞬固まって、そして不自然な、無理をしているような笑みを浮かべた光を思い出して。


 ソファの背もたれに顎を乗せて、床を眺めた。


 この後、包装もしていない、特別感の欠片もないスナック菓子をあげたら。


 光は一体、どんな顔をするのだろうか。


 ショックを受けて、傷ついた表情を浮かべるのだろうか。


 いや、もしかしたらニコニコと笑みを浮かべて、お礼を言ってくれるかもしれない。


 でも、どちらにしろ。


 光の心は、多分、傷つくと思う。


 マカロンは、今の関係には重すぎる。

 でも、レジ袋に入ったスナック菓子は、軽過ぎて。


 去年よりも……いや、今までで一番、雑なそのプレゼントを見て、光はどう思うのだろうか。


 もしかしたら、もしかしたら何も気にしないかもしれない。

 零華からのプレゼントなど、眼中にないかもしれない。


 そう、考えてみるけれど。

 やっぱり、そうは思えなくて。


 自意識過剰かもしれない。


 でも、光は、傷つく気がして。


 ……光の傷つく顔なんて、見たくないから。


 大袈裟、かもしれないけれど。

 

 あの時みたいな顔は、もう二度と見たくないから。


 零華はマカロンを手に取り、眺めた。


「大切な、ひと。」


 確かめるように、つぶやく。


 大切、だから。


 傷つけたくもない。

 でも、関係を崩したくもない。


 たかがお菓子でこんなに悩むのも、変なことかもしれないけれど。


 どう、すればいいのだろうか。


「ひかる。」


 思わず、心細くなって呟いた。


 何があっても、光はそばにいてくれる。

 あるいは、自分は光がいなくても生活できる。


 そう確信できたなら、こんなに悩まずに済んだのに。


 それなのに、何かがあったら光はいなくなるし。


 光がいなくなったら。

 “自分”を見てくれる唯一の人がいなくなったら、自分が自分でいられる自信もないから。


 だから、怖い。


 どうしようもなく、怖い。


 そして、……。


 ……。


 ……はぁ。


 思わず、ため息をついた。


 だめだ。

 こんなこと、考えたら。


 半ば自分に言い聞かせるように、思う。


 光は、いなくなったりしないから。


 頭をふり、重い感情を逃すように深呼吸する。


 そしてマカロンをバッグに戻して、パンパンと頬を叩いた。


 うん。


 やっぱり。


 バッグの中を、見る。


 マカロンだ。


 思う。


 マカロンを、あげるしかない。


 初心に帰って。

 そして、喜ぶ光を想像して。


 伸びをして、そして深く深呼吸した。


 まだ、マカロンをあげると決めたばかりだと言うのに。

 もう、心臓がうるさく鳴っている。


 こんな調子では、実際にあげるときには死にかねないけれど。


 もう、決めたから。


 零華は立ち上がり、景気付けに拳を握って、そしてそれを天井に向かって突き出して。


「頑張る……」


 “頑張るぞ!!”


 と、言いかけた、のだけど。


 ガチャリ。


 鍵が、開く音がした。


 光だ。


 一瞬でそう理解して。

 零華は手を引っ込めて、ソファに座り直した。


 急に音がしたことへの驚き。

 そしてもう直ぐマカロンを渡すという緊張で、心臓がうるさい。


 光の事を考えると、いつもこんな調子だ。


 感情が忙しなく、コロコロと変わってしまう。


 いつも、それが嫌になるのだけれど。


 いまは、そんな事を思っている余裕も無くて。


 零華は緊張の面持ちで、膝の上でギュッと手を握った。

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