第15話 誕生日の翌日、回想
※零華視点。
※市販品=冷たいというのはあくまで女子高生達の個人の意見です。
太陽が地平線から顔を出し、家々を柔らかな光で照らし始める頃。
1、2時間前までしんと静まり返っていた住宅街で、少しずつ生活音が聞こえ始めた頃。
……やっちゃった。
光の家からほど近い場所にあるマンションの一室で、ベッドに寝転んだ少女は深い深いため息をついた。
寝返りを打って横を向き、先程まで被っていた布団を抱きしめる。
普段はぱっちりと開かれているその目はどこか憂鬱げ……いや、不安げに伏せられていて。
その女性にしては長い手脚を持て余したように、居心地が悪そうに動かした。
「やっちゃった……。」
声に出して、呟く。
昨日のことを思い出して、少女……もとい零華は布団に顔を埋めた。
「うぅ……。」
頬は多分、というより確実に真っ赤だ。
“昨日の自分を殴りたい”という言葉は、こんな気分を表しているんだと思う。
ほんとに、やりすぎちゃって。
零華は言い訳するように思い、一連の出来事を思い返した。
きっかけは、本当に些細な出来事だった。
5月の初め……つまり今から1ヶ月以上前のこと。
長いようで短いゴールデンウィークが終わり、早くも少し憂鬱な気分になっていた零華は。
学校帰りに、なんとなく商店街に寄り道したのだ。
何を買うでもなく、どこの店に入るでもなくただぼんやりと喧騒の中歩いていたのだけれど。
「わあ。」
思わず、それに目をとめて声を漏らした。
零華の目線の先にあるのは、高級ケーキ……などではなく、スナック菓子の広告で。
期間限定、かあ。
でかでかと書かれた文字を読んで思い。
そして、顎に手を当てて斜め下を向いた。
言わずもがな、考え込む姿勢である。
というのも。
「光、今度誕生日だよね。」
そう、光の誕生日が1ヶ月後に迫っていることを思い出したのだ。
「あれ、好きそうだな。」
もう一度、広告を見上げる。
うん、凄く、チョコだ。
チョコ。
それは光の大好物。
チョコという選択肢があればいつでもチョコを食べている気がする。
……光には言わないけど、正直……少なくともお菓子に関しては、かなり子供舌だと思う。
そんなこともあって。
あれ、ちょうどいいかも。
零華はうんと頷いた。
光とは、相手の誕生日の時にスナック菓子を贈るのが習慣になっている。
しかし、最近は何をあげるべきか悩むことも増えていて。
何を隠そう、ネタ切れである。
いつも食べてるようなお菓子を贈っても、特別感がない……でも、高いものを買うのは暗黙の了解に反するし、光が気を遣ってしまう。
そんな無理難題に直面して、零華は頭を抱えていたところだったのだ。
でも、これなら。
発売直後だから光も食べ慣れてないはず。そして、会社的に味は信頼できる。
そして、チョコである。
もう一度言うが、なによりもチョコである。
……これは、光へのプレゼントにうってつけというしかない。
いいものを見つけた。
今年は、あのお菓子ををメインに詰め合わせてみよう。
零華が、頷いたのと。
「……市販は冷たくない?」
そんな声がしたのが、同時だった。
突然のことに、自分に向けられた言葉かと思ってビクッと飛び上がる。
「え〜、そうかなぁ。」
ただ、直後にそんな声がして。
なんだ、私に言ったんじゃないのねと胸を撫で下ろした。
振り返って声がした方を見た。
どうやら、女子高生3人組のようだ。
零華と同じく下校中らしく、3人で並んで仲良さげに会話している。
「だって手作りは重くない?」
「重くない重くない。」
「手作りの方が貰った方も嬉しいしね。」
「市販にしようと思ってたんだけどなぁ……。」
「もしかしなくてもヘタレだよね〜。」
「まあ、作る時に想いも一緒に生地に練り込んでおけば、多分きっと相手にも届くでしょ。」
「……頑張って、みる。でも、失敗したらあんたらの責任だからね!」
「え。」
「それは聞いてない」
「おい」
軽口を叩き合う女子高生たちを眺めて。
心ここに在らず、と言った様子の零華。
と、いうのも。
市販じゃ、冷たい……零華はその言葉に、とても大きな衝撃を受けていた。
零華は、光にとても……それはもう、とてもお世話になっている。
なにしろ、毎日ご飯を作ってもらっているのだから。
光が嫌な顔ひとつせず、というよりも楽しそうに料理をしてくれているのが唯一の救いだが。
にしても、迷惑かけてるなと思ってしまうわけで。
そりゃ零華も、ただゴロゴロしているわけではない。
料理以外のところでは、ちゃんと家事の手伝いをするようにしている。
……ただまあ、それはどこまで行っても”手伝い”なわけで。
あれ、私ってただのお邪魔虫なのでは……?
と、定期的にそう思ってしまうほどの厚遇っぷりなのだ。
……定期的にそう思いつつも、現状を変える気がないあたり、自分で言うのもなんだけど私図太すぎるよね。
遠慮しがちな零華がそう思いつつ、でも何も言い出せないほどには、光の家は居心地が良いのだけれど。
まあ、正直……正直なところを言えば、光がいないと生活が成り立たないと思う。
家事に関しても、……精神的な面の話でも。
実際、中3の春からの半年は……。
思い出して暗い気持ちになりかけて、頭を振った。
……とにかく、零華は光に物凄くお世話になっているし、物凄く感謝しているのだ。
だというのに。
その感謝の気持ちが伝わらない……どころか、冷たいと思われる可能性があるのは、……ダメだ。
絶対に、ダメだ。
あってはならない。
だから。
「手作り、かぁ。」
手作りならば気持ちも伝わるし、コストも抑えられる。
一石二鳥かもしれない。
その時はそう思ったのだけれど。
後になってこの決断を後悔することになることを、この時はまだ知らなかった。
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