第14話 寝ぼけた光の失態

 光は、震える手でそれを持ち上げた。


 チョコが好きな光に合わせて作ってくれたのだろう。


 光は零華がくれたチョコマカロンを眺めた。


 零華が見せた表情については、考えないようにしながら。

 マカロン贈ることの意味は、考えないようにしながら。


 でも、ただただ嬉しくて。

 光は笑みを浮かべた。


 それは、少しひび割れていて不恰好で。


 でも、頑張って作ったのは伝わってきて。


 ……零華が作ってくれたってだけで美味しさ一万倍だよな、と。


 思いつつ、緩んだ頬を押さえる。


 普段は光が料理をしているから。

 零華が作ってくれた物を食べる機会とか、ほとんどなくて。


 ……やばい、マカロンが愛おしく思えてきた。


 そうだよな、当たり前だよな、零華が作ってくれたんだから。


 マカロンを、よしよしと指の腹で撫でて。

 

 ……俺、何してるんだろう。


 急に我に帰る。


 だめだ。

 これは重症かもしれない。


 浮かれてバカになった頭を振った。


 冷静に考えたら、結構小っ恥ずかしいことを考えていた気がする。


 誤魔化すように息を吸って、吐いた。


 このままずっと眺めていたい……そう、思わなくもないけれど。


 このままじゃ、せっかくもらったというのに一生食べられなさそうだから。


 意を決して、口を開けた。


 急に襲ってきた緊張で、手が震えているのを無視して。


 勿体無い……とか、そんなことを考えないようにしつつ。


 ……でもやっぱり勿体なくなって、そのマカロンを小さくかじった。


「え、美味しい。」


 かじって、思わず、呟いた。


 ……いや、決して。

 決して、その美味しさを疑っていたわけではない。


 ただ、単純に、おいしくて。


 先ほどは小さくかじったけれど。

 今度は、思い切ってかじりかけのマカロンを一気に口に入れた。


 一気に、頬が緩む。


 あ〜……。


 とろける。


 幸せだ。


 ふへへへ、と思わず……たぶん、はたから見たら結構気持ち悪い笑みを浮かべつつ。

 

 マカロンをゆっくりと咀嚼し、味わってから飲み込んだ。


 事前に準備していたホットミルクを手に取り、口に含む。


 ……口がとろける。


 再び、その感想を抱いた。


 零華が自分のために作ってくれた、贔屓目なしにちゃんと美味しいマカロン。


 頬が落ちるくらいにおいしく感じるのは、当たり前のことで。


 牛乳を飲み込み、ふぅ、と息を吐く。


 ほんと、幸せだ。


 夢見心地で思う。


 零華の作ったマカロンは、思ったよりも…….どころかしっかりおいしくて。


 零華、頑張ったんだろうな。

 こんなお菓子を作ってくれるなんて、本当に幸せ者だな、とか。


 ……もしかして、慣れてないだけで才能あったりして。

 もしそうだったら、一緒にお菓子作ったりしたいなとか。


 眠気にぽわぽわと浮かされた頭で、幸せに浸った。


 まだ、幾つかマカロンが残っているけれど。

 

 もう、十分幸せだし。


 何より、だんだん眠くなってきたから。


 残りは明日食べよう……そう、思って。


 光は袋を閉じなおし、机に突っ伏した。


 スマホを開く。


 時刻はもうすぐ、夜中の3時である。

 

 ただでさえふわふわとした意識で。


 こんな、幸せな体験をしてしまったのだから。


 浮かれて、正常な思考ができなくなったのも、仕方がなかったのかもしれない。


 光は零華とのトーク画面を開いて。


“マカロンおいしかった”


“ありがとう”


“しあわせだ〜”


 と。


 寝ぼけた頭で、そう送って。


 緩んだ頬のまま。

 ベッドに寝ることもせず。


 机の上に組んだ腕に頬を乗せて。


 光は眠りに落ちた。







「……かる。」


 どこからか、声がする。


「光。」


 聞き慣れた声で、優しい声音で名前を呼ばれている。


「だめでしょ、こんなところで寝たら。」


 頭に重みと温かみを感じて、光はうぅんと声を漏らした。


 頭に乗った重みが優しく動かされて、光は撫でられていることを知った。


 何か言われている気がする。


 だけど、光は今にも眠りという名の沼に引き摺り込まれそうな状態で。

 内容はちっとも頭に入ってこない。


 ただ、聞き慣れた声を聴きながら。

 頭を撫でられる感覚に。

 心地よいまどろみに意識を任せた。


 瞼が、重い。


 でも、心地いい。

 安心し切っていることを示すように、頬が緩む。


 夢見心地のまま。


「れいか……」


 呟きつつ、昨日のことを思い出して頬がさらに緩んだ。


「え。」


 聞き慣れた声が頭上から降ってきて。


 それに安心して。


「なに?光」


 先ほどよりもずっと近いところで名前を呼ばれて。


 重力に抗って、重い瞼を薄く開けた。


 まぶしい。

 開けたばかりの目を、極限まで細めた。


 しばらくして、光に慣れた目が人影を捉えた。


 思いの外近いところに、ぼんやりとした影を認めて。

 

 ちかい。


 なんだか嬉しくなって。


 寝ぼけた頭のまま、少し体を起こして影に手を伸ばした。


「ひ、ひかる!?」


 慌てたような声が聞こえた気がしたが、気にしない。


 とろんとした目で、しかし先ほどよりもちゃんと目を開けた。


 ぼんやりとしていた影が、はっきりとした像を結ぶ。


 至近距離で目を合わせて。

 眺めて。


 ……零華、真っ赤になってる。


 思って、ふふと笑みを浮かべた。


 ……ほんと。


「今日もかわいい」


 寝ぼけた頭で。

 温もりを求めて。


 零華の背中に手を回して、その肩に頭を預けるようにして抱きついた。


 首元の素肌が、あったかい。


「え、え、」


 何やら声がした気がする。


 でも。


 心地よい温もりに。

 甘い香りに包まれて。


「あんしんする……」


 急激な眠気に襲われて。


 光は再び睡魔に身を委ねたのだった。

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