第13話 光はボロを出しまくる。
「……なに、急に大声出してどうしたの、光。」
「あ、いや、ごめん……起こしちゃったよね……。」
眠そうに目を擦っている母を見て、光はガックリと肩を落とした。
凛久にとんでもない誤解をされたから。
思わず、光が大声を出してしまったのだけれど。
……光の両親はもちろん、寝ているわけで。
そのことに思い至った光が通話中のスマホを放り出して廊下に顔を出すのと、母が何事かと寝室から顔を出したのが同じタイミングだった。
母の後ろから父までひょっこりと顔を出したのを見て、光は顔を引き攣らせる。
両親の多忙具合は、光もよく知っているところで。
だから、光としても夜くらいはゆっくり休んで欲しいんだけど。
……思い切り、起こしちゃったよ……。
何が”ゆっくり休んで欲しい”だ。
自嘲しつつ。
「ごめん。」
申し訳なさそうに光は項垂れた。
あ〜あ、と。
気分が、少しブルーになるのを感じる。
浮かれていても良いことないな、と。
気を引き締めようと、したのだけれど。
「何もなかったなら良かった。」
父に言われて。
「うん、私達はもう寝るね。おやすみ、光。」
母に言われて。
あ、何も怒られないのねとか。
何も言われないと、むしろ申し訳なくなるんだけどとか。
拍子抜けしつつ。
そう思いながら。
「……起こしちゃってごめん、おやすみ。」
光は物凄く申し訳ない気持ちに襲われつつ、そう言ったのであった。
「ごめん、凛久。お母さんたちが起きちゃって。」
光は謝った。
凛久に、謝った。
……と、いうのも。
先ほど、母と父が寝室に戻ったのを見届けてから、光は自分の部屋に戻った。
戻って、そしてやっと、凛久をほったらかしにしていたことを思い出したのだ。
凛久からすれば、急に大声を出されて。
おまけに2分ほど反応がなかったわけだから、酷い話である。
そう気がついたから。
“怒られるかな”、と思いつつ。
ベッドの上に投げ捨てられていたスマホを手に取り、開口一番に謝罪の言葉を口にしたのだけれど。
「あ〜ね……で、光?」
そう返されて。
「……え?」
思わず、間抜けに問い返した。
で、とはなんだろうか。
何か、聞かれていることでもあっただろうか。
しばし考えて。
何を話していたんだっけ、と回想して。
……あ〜。
思い出す。
光が大声を出してしまった原因……つまり、合鍵を渡している件のこと、だろう。
光は意味もなく息を吸い、そして吐いた。
「……もう一回言っとくけど、同棲はしてないからね。」
念のため、言っておく。
……変な誤解をされたらたまらないから。
違うことには、はっきり違うと言っておくべきだろう。
……そう思ったのに。
「じゃ、半同棲的な?」
凛久に言われて、咳き込んだ。
いや、だから。
「ちが……うけど。」
言いながら。
ふと。
ふと、あながち外れてないかもしれない……、と。
そんな考えが、頭の隅をよぎってしまって。
光は思わず、微妙に含みのある言い方をした。
してから、……誤解を生みそうだな、と。
思ったが、後の祭りで。
「え、何その言い方。」
凛久に言われる。
……ちゃんと、否定すれば良かったかも。
今更だが、そう思ってしまって。
とても、とても大きなため息が出た。
もしかしたら。
……もしかしたら、これ以上、変な誤解を生まないためにも。
光と零華の、尊厳を守るためにも。
凛久に……零華との関係を、もう少ししっかりと説明しておくべきかもしれない。
今はまだ、零華と幼馴染であることしか伝えてないし。
頃合い、といえば頃合いなのだろう。
でもなあ、と。
でもなあ、と、光は悩ましげに眉根を寄せた。
光と零華の関係は、他人が見たら……誤解されかねない関係、だということも分かっていて。
少なくとも、……客観的に見て、”普通の幼馴染”と言うには共にいる時間が長すぎるのは分かっていて。
幼馴染、ただの幼馴染だから、別にやましいこともないのだけれど。
今日の放課後の出来事は……いや、あれは気のせいだから。きっと。
だから、やましいことなどない、断じて、無いのだけれど。
……まあ、少し……うん、恥ずかしいとか、思わないこともないわけで。
相変わらず気乗りはしないよな、と思う。
しかし。
しかしそれはそうと、凛久に打ち明ける分には実害はないことも、分かっているから。
ため息をついた。
自分だけならともかく、零華のことで誤解を生むのは嫌だよなあ、と独り言ちる。
うん、零華のためにも。
恥ずかしい気持ちは、まあ……我慢して。
言える範囲で、全部言おう。
そう、決意した光はベッドの上で伸びをしてから。
「……長くなるけど良い?」
凛久に、2人の関係を話し始めた。
「……つまり、榎下さんと光は5歳の時からの幼馴染で、両親の都合で小さい時からよく遊んでた、と。」
「うん。」
「その流れで榎下さんは、今でも光の家に入り浸っている。だから、合鍵も渡している、と。」
「……うん。」
「え、えぇ……。幼馴染……幼馴染ってなんだっけ……。」
凛久が、困惑の声を漏らしているのを聞きつつ。
……これ、思ってた以上にいたたまれないかもしれないと。
光は頬が熱を帯びるのを感じつつ、そう思った。
沈黙に耐えきれなくて。
「……なんだよ。」
何か言いたげな凛久に、光は不貞腐れたように言う。
赤くなった頬を。
誰も見ていないのは分かっているけれど、なんとなく隠しながら言ったのだけれど。
「……おぉ、照れてる。」
凛久には、声でバレてしまったようだ。
少し笑いつつ言われて、光は顔がさらに熱くなるのを感じる。
「ぅるさい。」
口元を隠しつつ、くぐもった声で言った。
「……てか、なんだよ、凛久。零華とはただの幼馴染って言ってるじゃん。」
不機嫌な声が出た、けど。
「ただの幼馴染を自称するの、怪しすぎると思う。」
真面目な声で言われて。
「い、いや、どうすればいいって言うんだよ。」
理不尽だろ、と。
光は狼狽えつつ、言った。
「本当に、幼馴染でしか無いんだからさ。」
「いや、うん……。まぁ、幼馴染以上では無いんだろうけど。」
微妙な言い方をされて。
「……なんだよ」
続きを聞きたいような。
聞きたく無いような。
……もはやお馴染みとなったその感覚に襲われつつ、続きを促した、のだけれど。
「普通の幼馴染では、無いじゃん。明らかにもっと親密な何かじゃん。」
付き合っては無いのかもしれないけどさ、と苦笑したように凛久に言われて。
「そんなんじゃないよ。」
光は、なんとなく否定して。
「昨日の事もあって、もうどんな顔で会えばいいかわからないし……。」
続けて呟いて。
自爆、したなと。
言った直後にそう思ったのだけれど。
もう、遅くて。
「……え、なに、そんなに気まずくなるような出来事でもあったの。」
言われて。
……。
熱い。
顔が、熱い。
だ、だめだ。
零華のあの様子。
あの顔。
あの声。
思い出すだけで、真っ赤になってしまって。
心臓が暴れ出して。
だめだ。
本当に、と。
光は気を紛らわせるようにベッドに飛び込んだ。
「え、光。もしかして今真っ赤になってる感じ?」
凛久が、心を読んだようなタイミングで言うから。
「え゛」
ほとんど、”はいそうです”と肯定したような。
不意打ちを喰らって、そんな返事をしてしまう。
凛久は、それを聞いて。
スーッと息を吸った。
「……え、光。これ深掘りしていい感じ?正直だいぶ気になるんだけど。知りすぎて榎下さんに敵認定されたりしない?」
今更だと思うのだけれど。
不安になったように凛久が言うので。
光は思わず、ふっと笑みを浮かべた。
「……零華のことなんだと思ってるんだよ。学校でどう思われてるのか知らないけど、零華は優しいよ。」
あははと笑いつつ、言って。
「近寄りがたいって思われてるんだろうけど、全然そんなことないし。なんなら結構甘えん坊だし。まあ、そこが可愛い、ん……だけど……。」
ちょっとした、優越感を覚えて。
まあ、調子に乗っていたのだと思う。
ニコニコしながら、言って。
言いながら。
……自分の失言に気づいて。
「い、今のは違くて……う、あの、調子乗ったというか……。」
思わず敬語になりつつ、挙動不審になりつつ。
経験したことがないほどの羞恥に襲われつつ、言った。
頬の熱さは、とっくの昔に限界突破している。
あまりの羞恥に、顔を布団に埋めた。
夜中でなければ、叫んでいたかもしれない。
「ほんとに、余裕なくて……」
言い訳するように口にするが、そんなことを言っても墓穴を掘るだけである。
「え、え、ちょ、本当に何があったの」
凛久に聞かれて。
……。
この羞恥も、少しはマシになるはずと。
光は思わず、全てを打ち明けたのだった。
ーーーーーー
【あとがき】
1万pv感謝です!いつも読んでくださる皆様、本当にありがとうございます!
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