第12話 深夜、マカロンをもらった光は。

 ……と、そんなわけで。

 

 夜中の1時過ぎだというのに、こうして熱い頬を冷たい机で冷ます羽目になっていたのだ。


 本当に。

 何がしたいんだよ。


 零華にそう問いたいような、でも答えを聞くのは怖いような。

 そんな相反する感情を抱きつつ。


 光は机に額を押し付けた。


 ”いつもありがと、ひかる。”

 

 そう、耳元で囁かれたときの感覚が。

 そして、抱きしめられたときの感触が。


 そのあとに見た、零華の目が。


 頭にこびりついて、離れてくれない。


 ……明日からどんな顔して会えばいいんだよ。


 マカロンの入った袋を見つめた。


 ……うれしい。

 素直に言えば、うれしかった。


 でも。

 でも、同じくらい”変わる”のが怖くて。


 光は息を吐いて、スマホを取り出した。


 ……今日は、零華に振り回されてばかりだ。

 

 零華の行動で一喜一憂している自分を自覚して。


 光は机に突っ伏したまま、IINE(イイネ)というチャットアプリを開き。


 そしてぼーっとした頭で、意味もなく零華のプロフィールを眺めた。


「零華……。」


 呟く。


 そして、1カ月ほど前にもこうして名前を呼んだな、と。

 零華が泊った時のことを思い出して、小さく笑みを浮かべた。


 あの時は、寂しい、怖い……そんな感情に襲われて、思わず零華の名をつぶやいたけれど。


 今回は。


 ……少し違って。


 零華が。

 零華のことが。


 本当に。


 ……。


「イイネ🎵」


 唐突に、スマホが振動して。

 そう、音が鳴って。

 

 光は思わずスマホを取り落とした。


 突っ伏せていた上体を、ビクッと起こして。


 膝を机の天板にぶつけてしまい、ガタッという音が鳴る。


 ……びっくりした……。


 心臓が暴れているのを感じた。


 耳を澄ませて、両親が起きていないかを確認する。


 ……幸い、大丈夫なようだ。


 心を落ち着けるように深呼吸した。


 先ほどの”イイネ🎵”という音は、いうまでもなく”IINE”というアプリの着信音なわけで。


 光を少しずつ飲み込み始めていた眠気も、どこかに吹き飛んだようだ。


 誰だよ、こんな時間に連絡してくるやつは。


 そう、覚醒した頭で八つ当たり気味に思いつつ。


 机に転がったスマホを拾って、開いた。


「……凛久かよ。」


 トーク欄の一番上に表示されている名前を見て。


 ため息が漏れる。


 そこに表示されていたのは、親友の名前だった。


 あいつ夜型だったな……と、そんなことを思い出しつつ。

 

 無造作に凛久とのトーク画面を開く。


 ……開いて。

 

“どう、光。大丈夫?”


 凛久からのメッセージを見て。


 ……そう言えば、凛久に心配されていたなと。

 今更、思い出した。


 そして、頭を抱えた。


 今日一日、凛久には迷惑をかけたし。

 それに、既読をつけてしまったから。


 何か返さないと、とは思うのだけど。


「……なんて説明しよう……。」


 机から立ち上がって。


 ベッドに横向きに寝転び。


 そして再度、頭を抱える。

 

“え、起きてるの”


 続けて飛んできたメッセージを見て。


 既読つけなきゃ良かった……。


 思わず、そう思った。


 いや、こんな時でなければ、別にいいのだけれど。


 今は……。


 夕方の零華とのやり取りを思い出し、小さくうめく。


 “寝れなかった”


 “だけど大丈夫”


 とりあえず、そう返しておく。


 さあ、どうする凛久。

 

 光は、凛久がこれ以上追及してこないことを祈りつつ。

 トーク画面と睨めっこしていたのだが。


“電話いける?”


 そう、言われて。


 ガックリと肩を落とした。


“無理ならいいんだけど。”


 言われるが、ここで無理と言ったら余計に気を遣わせそうで。


 光としても、別に凛久に心配させたいわけでは無いので。


 恥ずかしい限りではあるけれど。


 ……言える範囲で、ね。


 小さくため息をつきつつ、光は凛久に電話をかけたのだった。




 




「光。」


「なに。」


「俺、結構心配してたんだけどさ。」


「……うん。」


「安心と共に光への怒りが込み上げてきたんだけどどうしよう」


「なんで俺!?」


 ……時刻は2時10分。


 あの後、凛久に事のあらましを伝えたのだが。


 説明し終わったとたんに、それまで黙っていた凛久が言った言葉がこれである。


「いや、だってさ……。こっちが心配してる間にいちゃついてたんだって思ったら、ねえ……。」


 言われて、せき込む。


「い、いちゃついてなんか……!」


 い、ちゃついて……。


 い、ちゃ……。


 別れ際の零華を思い出して、光の顔がこれ以上ないほど真っ赤になった。

 

 ……だめだ。

 本当に、だめだ。


 ベッドの上で、無音で悶える。


 ……羞恥で、息すらできない気分だ。

 

 ほんっとうに。

 本当に、……。


 もはや羞恥と戦うことに疲れて。


 光は止めていた息を吐き、ベッドの上で脱力した。


「……刺激が強すぎる……。」


 心の中で呟いた、つもりだったのだけれど。


「……え。」


 スマホから発せられた声で、その思いが口に出ていたことを知った。


「……刺激……?え、まさか、ヤっ……」


 凛久が言って、そして躊躇うように不自然に黙り込んだ。


 猛烈に、嫌な予感がする。

 絶対に、変な勘違いをされている。


 ”ヤっ”に続く、言うのをためらうような単語を、光は1つしか知らなかった。


「やってないよ!?」


 ガバッと布団から起き上がり。

 言いながら、自分の顔が再び熱を持つのを感じる。


 声が大きすぎたと気付き、声量を下げてもう一度言いなおした。

 

「……やって、ないから。なにも。」


 ちょっと間が空いて、凛久が息を吐いた。


「や、まあ、そうだろうけどさ。」


 ……素直に納得されるのも、それはそれで複雑……っていや、何を考えているんだ。

 光は自分の頭を振り、そして思わずため息をついた。

 

 そのため息を聞いて、何を思ったのか。

 

「ね、光。何か隠してるでしょ。」


 凛久に言われて、顔が引きつる。


「……いや、なにも?」


 言うが。


「……微妙な間があったんだけど。」


 凛久に言われて、光は天井を見上げた。


 家に帰ったら、零華がいて。

 零華に誕生日にと手作りのお菓子を渡された。

 今日挙動不審だったのは、プレゼントが”いつもと違う”からだろう……。


 これが、凛久に言ったことの概要だ。


 嘘はついていない。

 端折りはしたが、決して嘘はついていない、のだけれど。


「……ねえ、あえて触れなかったこと聞いてもいい?」


 凛久が言った。


 ……正直、ものすっごく嫌な予感がした。

 

 でも、ダメというわけにもいかなくて。


「なに。」


 光は枕に頭をうずめて。


 耳をふさぎたい衝動に耐えつつ。


 深呼吸して、続きを促した。


 ……ちなみにこの時、光はまだ気付いていなかった。

 説明した時に、自分が、自分からぼろを出したことを。


 だから。


「……家に帰ったら榎下さんが居たっていったけどさ。」


 そう言われて、初めて、気付いた。


 自分がとんでもないことを告白してしまったことを。


 光の両親が多忙で、夜遅くに帰ってくることは凛久も知っていることで。


 それなのに、光が帰ってくる前に零華が家にいるということは。


 それは、零華が合いカギを持っていることを意味しており。


「……同棲でもしてるの?」


 そう言われて。


「なわけあるか!!!」


 思わず、家中に響き渡る大声で、そう返した。

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