第9話 幼馴染と親友の遭遇(後編)
「……で、光。」
「……なに?」
しらばっくれて、ストローを咥えた。
冷たいコーラを吸って、炭酸を楽しむように口に含む。
「昨日のあの人って誰?」
思わず口に含んだコーラを吹き出しかけて。
すんでのところで飲み込んだ。
予想していた質問ではあったが、危なかった。
それにしてもストレートに来たなあ、と口元をティッシュで拭いつつ、光は窓の外を眺めた。
光は今、商店街にある某ハンバーガーチェーン店の二人席に座っていた。
ガラス張りの窓からは、商店街に人がごった返しているのが見える。
日曜日だからだろうか。
昨日よりも目が生き生きとした人が多いような印象を受ける。
この時期にしては珍しく、快晴なのも影響しているかもしれない。
やはり、日を浴びるとテンションも上がるものだ。
このような光景を見ると、やはり太陽の偉大さを感じずにはいられな……。
「ねえ、光。」
窓の外を慈愛に満ちた穏やかな眼差しで見つめていた光は、しかし突然現実に引き戻された。
窓から目をそらし、口をとがらせてポテトを口に放り込む。
対面の席に座っているのは、ジト目の凛久なわけで。
「知り合いだよ」
早くも憂鬱な気分になりつつ、誓って嘘ではない……が、真実とも言い難い曖昧な答えを口にしたのだが。
「光く~ん。」
間延びした声で凛久に名前を呼ばれて。
目の前をチラリと見て、若干後悔した。
口元は笑っているが、目が笑っていない。
凛久からの圧を逃すように、空を見上げる。
……先ほどのように現実逃避したくなる。
しかしそうすれば、凛久の機嫌がどんどん斜めに傾いていくのは分かっていて。
光はため息をついた。
「誰かは分かってるんじゃないの。」
思わず投げやりな口調になりつつ、”その人”であることを遠回しに認めた。
「うん。榎下さんだってことは分かってるよ。」
何てこと無いようににあっさり言われて。
チラリと目をやると、凛久にジト目で見返された。
”で、どんな関係なの”
明言こそされていないが、暗にそう聞かれてるのは光も分かっていて。
頬杖をつき、バーガーの袋を見つめた。
……いや、まあ、凛久には感謝している。
あの後、零華とナンパから逃げた後、零華は精神的にかなり疲弊していて。
光としては零華と早めに家に帰って、リラックスさせたいところであった。
しかし、一部始終を見ていた凛久が、光に何か言いたげにしていることにも気づいていて。
凛久を邪険に扱うわけにも、零華を立ちっぱなしにさせておくわけにもいかずに困っていたのだけれど。
それを察したのだろう。
凛久がため息をついて、”その人を送ってやったら”と言ってくれたのだ。
相変わらず察しのいい凛久に感謝しつつ……”明日一時に商店街のマックね”という言葉をスルーしつつ……光は零華と帰路に就いたのだった。
ポテトを口に運ぶ。
もはや味も気にせず、機械的にポテトを食べながら。
これ、ドタキャンするべきだったかなあと、今更過ぎる上に割とクズなことを思った。
今凛久に会えば、零下について知られるのは分かっていて。
正直、気が重すぎて約束の数十分前まで行くかどうか迷っていだのだが。
凛久は振り回された身であることを考えると、断るわけにもいかず。
あと、光自身”凛久にならば言ってもいいか”と思わなくもないこともあって。
こうして腹を括ってやってきたのだ。
はあ、とまたため息をついた。
腹は括ったつもりだったが、こうして実際その場になると尻込みするものだ。
”零華と幼馴染である”
このことを、光はうれしく思っているし、嫌だと思ったことなど一度もないと断言できるが。
それを公に言いふらせば、トラブルの火種となりかねないことも……身に染みてわかっていて。
凛久になら、いいんだけどさあと心の中でつぶやきながら、いつの間にかかなり減っているポテトをつまんだ。
のだが。
ポテトを口に入れて、咀嚼して飲み込もうとしたときに。
「……彼女なの?」
唐突に、爆弾発言を投下されてせき込んだ。
もしもコーラを口に含んでいたなら、凛久の顔に吹きかけていただろう。
……危ういところだった。
しばらくせき込んでから、凛久を恨めし気ににらむ。
「彼女なわけないじゃん。」
なに変なこと言ってるんだよ、と。
当たり前のことのように言ったのだが。
「え、彼女じゃなかったの。」
別にからかっているふうでもなく、本当に素の声音でそう聞き返されて。
「ぎゃ、逆になんで彼女だと思ったんだよ!?」
思わず、割と大きな声が出た。
腰を上げかけて、周囲の視線に気づき座りなおす。
自分の頬が、熱を帯びているのを感じる。
付き合っていると思われるような事をしたつもりなど無い。
それに、相手はあの榎下零華だ。
凛久は、いったいなんでその結論に至ったんだろうか……。
「え、だってどう見ても付き合ってる距離感だったじゃん。」
心の中を見透かされているようなタイミングでそう返されて。
不思議なものを見る目で見られて。
光はむせてせき込んだ。
「え、。」
頬が、熱い。
そんなに、近かっただろうか。
別に、くっついた記憶は無い。
それとも、そういう問題ではないのだろうか。
自覚のなさそうな光を見て、凛久は不思議そうに首を傾けた。
「いや、そもそもあの榎下さんを名前呼びする人なんて初めて見たし。」
……確かに、零華はいつも同級生から名字で呼ばれている。
どこか近寄り難い人として認識されているのだろう。
「光も名前で呼ばれてたし。」
光と零華は幼馴染なのだし、当然と言えば当然なのだが。
確かにそれを知らない凛久から見れば、……そう見えても不思議ではない、のかもしれない。
「光、逃げるときに榎下さんの手を持ってたし。」
……うん。
確かに、手を引っ張って逃げた。
でも、あの状況ならば当然の判断だったはずだ……。
「納得いってなさそうだけど、相手はあの榎下さんだからね。榎下さんの手を躊躇なく、当然のごとく握れる人なんて、たぶん光しかいないと思うけど。」
思考を見透かされているように、追い打ちをかけるようにそう言われて。
「てか、握ろうとする人はいるかもしれないけど、榎下さんがそれとなく拒否しそうじゃん。」
凛久の言葉に。
しばし考えて。
がっくりと肩を落とした。
凛久の言いたいことは、同意するかは置いておいて、……まあ、理解できて。
……。
凛久に関係を打ち明けることの損得を、自分の中で計算して。
……うん。
あまり、気乗りはしないが。
少なくとも、零華と付き合っていると勘違いされるよりはマシだろう。
そう結論付けて。
「零華とは幼馴染なんだよ。12年前から、家族ぐるみで交流があってさ。」
観念して、そう白状した。
机に突っ伏して、続ける。
「だから別に、付き合ってるとかそういうのじゃないんだよ。」
言って、凛久の反応をうかがうように見上げた。
しかし凛久は納得していないような、どこか引っかかるような顔をしていて。
「本当に付き合ってないの?」
確認してくるので、頷いた。
凛久が、少し考えるように手で額を触って。
「でも光、榎下さんはびっくりするくらい光に気を許してるじゃん。」
そう言って、一旦言葉を区切り。
すこし、躊躇うように目をそらして。
そして。
「光は光で、絶対に榎下さんのことが、す」
凛久が言いかけて。
何が言いたいのかを、察してしまって。
思わず。
思わず、身を乗り出して、凛久の口をふさいだ。
凛久が驚いたようにこちらを見る。
ざわざわとしていた店内が、一瞬静まり返ったのは気のせいではないはずだ。
お互いに見つめ合って固まって。
……。
一拍置いて、冷静になって。
居心地が悪くなって、凛久の口から手を離した。
目をそらし、浮かせた腰を下ろす。
二人の間に、沈黙が流れた。
凛久には、かなり気を許しているつもりだ。
それこそ、普段の沈黙が全く苦ではないくらいには。
しかし、今流れている沈黙は、驚くほど居心地が悪くて。
後悔が頭をよぎる。
……”変な態度をとってごめん。”
そう、あやまらなければ。
思って、光が口を開け……かけた時に。
「ごめん、光。」
先に凛久に謝られて、固まって。
「こっちこそ、変な態度をとってごめん。」
凛久につられるように、コーラを見つめつつそう言う。
なんとなく、きちんと謝るタイミングを逃してしまったように感じて、光は唇を噛んだ。
微妙な間があいたのは、気のせいではなかったのだろう。
「じゃ、光。そろそろ帰る?」
嫌な空気を断ち切るように、明るい声でそう言う凛久の顔を何気なく見て。
そこに、ほんの少し、ほんの少しだけ不安がっているような表情を読み取ってしまって。
光はハッとした。
立ち上がりかけた凛久の服をつかむ。
「凛久、ごめん。」
凛久の目を見て。
自然と、そんな言葉が口から零れ落ちた。
面食らった表情の凛久。
いま、凛久の顔には驚きしか見受けられない。
しかし、一瞬ではあったが、光は見たのだ。
凛久の不安げな表情を。
さきほど、一瞬だけ凛久が見せたその表情を、光は見たことがなかった。
……凛久にそんな顔をさせるつもりではなかった。
光のその様子を見て。
凛久は上げかけた腰を下ろして、小さく苦笑いした。
「別にいいのに。」
言って笑う。
が、なおもまっすぐ光に見つめられて、居心地が悪そうに身じろぎした。
二人の間に沈黙が流れる。
凛久が口を開く気配は、無い。
だったら、と。
「俺は何とも思ってないよ。大丈夫だよ。」
凛久の目を見ながら、思わず、光はそう口にしていた。
なんとなく。
凛久が不安げな顔をしたのは、もしかしたら自分のせいなのかもと思って。
……勘違いだったら、恥ずかしい限りだけれど。
光が目も合わせずに謝ったのを見て、凛久が何か勘違いをしているのかもしれないと思って。
光はただ、気まずくて、タイミングを逃してしまって、目も合わせられなかっただけなのに。
凛久の目を不安な気持ちで眺めていると、しばらくして目をそらされた。
「光って本当に……。」
凛久が少々呆れたようにつぶやく。
「そんなに心配しないでいいのに。ただ、ちょっと……。」
そこで言葉を区切り、迷うように目を動かす。
口を開けては閉じ、こちらをチラチラと見てくる。
……珍しいな。
普段、常に余裕そうな態度をとっている凛久が目を泳がせているのを見て、……珍しい光景だな、となんとも失礼な感想を抱いていると。
凛久が口を開いて。
「ちょっと、その……やらかしたかな、って。なんて思われたかなって不安になったというか……」
目を思い切りそらしつつ、小さな声でぼそぼそと言った。
ぱちぱち、と瞬きして。
その言葉の意味を理解して、光の顔に笑みが浮かんだ。
……いや、光のせいでこんな不安がっていたわけだから、笑みを浮かべている場合ではないのだけれど。
思わず口角が上がってしまう。
凛久って、こういうところあるよな、と思いつつ。
「大丈夫ですよ、そんくらいで嫌ったりしませんよーだ。」
茶化すように言うと、凛久ににらまれた。
その頬が若干赤いように見えるのは、気のせいではないだろう。
……ちょっと、調子に乗ったかもしれない。
思い直して。
「あ~……うん。さっきはごめん。」
もう一度、謝ると凛久がため息をついた。
ジト目で見られる。
「だからそれはもういいって……。今後も、もし俺が嫌なことをしようとしたら遠慮なく止めてくれていいからね。」
凛久は言って、オレンジジュースを吸い上げた。
「うん。」
光も返し、残りのポテトを一気に口に入れる。
二人の間に、今度は心地の良い沈黙が流れた。
沈黙を楽しむように、暖かい日差しに目を細めていると。
「俺も」
凛久が口を開いたので、そちらに目を向けた。
目が合い、頬杖をついた凛久がニヤッと笑みを浮かべた。
「そんくらいで嫌ったりしないからね。」
意趣返しのように言われて、光は苦笑いして。
凛久には絶対に言わないが。
……本当にいい友を持ったなあ、と思い、口元を緩めたのだった。
ーーーーーー
【あとがき】
次の話は、零華と光のイチャイチャ回となる予定です。
ぜひお楽しみに!
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