第8話 幼馴染と親友の遭遇(前編)
それは凛久と二人で、商店街を歩いている時のことだった。
道行く人々の影がだんだんと伸びてきて、空の端が橙に染まり出したころ。
土曜日ということも影響しているのだろう。
帰宅中のサラリーマンから小学生と思しき子供まで、様々な人々が道を行き交っている。
そんな、昼と夜の境目の時間帯に。
光らは今日見たアニメ映画の感想を言い合いつつ、帰途についていた。
二人の足取りは軽い。
原作を最初から追っていたからこそ得られる感慨深さと、映画としてのクオリティの高さに興奮冷めやらぬ気分だ。
光も凛久も、いつもと比べて数段饒舌で。
「いやあ、推してた甲斐あったよね」
「本当にね」
「やばかったね。展開が良すぎるよ。危なっかしいくらいの純愛でさ。」
凛久が、普段学校では見せないような……いや、見せられないような笑みを浮かべてそう言うと。
「凄かったよな、うん。本当にすごかった。ほら、あのラストシーンとかさ……」
光も、普段よりもだいぶんハイテンションな声音でそう返す。
こうして口々に語り合いつつ、スキップし始めかねないほどに軽い足取りで帰っていたのだが。
もうすぐ商店街を抜けようかというところで、急に凛久が立ち止まった。
あまりに急なことだったので、気付かず鼻歌を歌いつつ数歩進み。
しかしすぐに隣に凛久がいないことに気づき、光は振り向いた。
すると凛久は眉をひそめてある方向を見ており。
「ナンパしてやがる。あれ、相手未成年だろ。」
抑えたような声。
凛久のテンションの変わり具合に光はまばたきして。
そして凛久の視線を辿って。
そしてああ、とつぶやいた。
明らかにチャラそうな男二人が、マスクをつけて目深に帽子を被った女性に声をかけていた。
女性は男たちを無視して歩いているが、男たちはしつこく、そしてねちっこく粘っている。
女性はどこか華奢で、確かに成人しているのか怪しい。
……。
頭のどこかに引っかかるような感覚を覚えつつ、光は冷ややかな目で男二人を見た。
明らかに拒否されているのにな。
何が楽しくてあんなことをやってるんだか。
帰ったら零華に気を付けるように言わないと……。
零華に……。
その時、それまで顔を下に向けていた女性がおもむろに顔を上げた。
その顔を見て。
「え。」
思わず声が漏れる。
映画の余韻が抜けていなくて。
どこか頭が回っていなかったから、今まで気が付かなかったのだろう。
女性が助けを求めるように目を動かして。
パチッと目が合った。
やっぱり……!
お互いに目を見開く。
なぜ気が付かなかったのか、不思議なくらいに。
その目は、見慣れた目だった。
改めてみれば、その髪型も。
マスクと帽子でほとんど隠れているが、それでもわかる整った顔立ちも。
そのいつまでも見ていられるような綺麗な目も。
細かい仕草一つ一つも。
よく見てみれば、全て見慣れたもので。
「え……零華じゃん。」
思わずつぶやく。
顔はほとんど隠れて見えないが、今はもう確信を持って言える。
今ナンパされている少女は。
こちらを不安げに、そして縋るように見つめている少女は。
あれは学園の完璧美人こと、光の幼馴染こと、榎下零華だ。
「……零華!」
光は思わずその名前を呼んで、駆け出した。
「光!?」
背後で凛久が困惑したように声を上げるが、それどころではない。
普段ならば、ナンパされているのが零華じゃなければ、こんなことはしなかっただろう。
でも、零華が怯えた目をしているのを放っては置けなかった。
嫌な思いをしている零華を放っておくことは、絶対にできなかった。
しかし、かといって、漫画やラノベでよくあるように、かっこよく助ける勇気も自信もなくて。
それならばと。
自分が注目を惹きつけている間に、逃げてもらおうと。
こちらに歩いてきている零華に目配せする。
そして商店街の外を指さし、”逃げて”と口パクし。
意図が伝わっていることを祈りながら。
こちらに背を向けて零華を口説いている男の、その足にわざと自分の足を引っかけて転んだ。
「わっ!」
半分演技、半分素で大きな声を出しつつ、かなり派手に転んだ。
地面がゆっくりとスローモーションで迫ってきているような、そんな感覚を覚えつつどうにか手をついた。
直後、身体を地面にひどくぶつけて、息の詰まるような感覚に襲われる。
一瞬思考が止まって。
前から歩いてきたサラリーマンが、驚いたように光を避けた。
しかしそれすら気にならないほどに。
……痛い。
擦り剝いたことによる焼けるような痛みと、打ったことによる鈍い痛みが同時に押し寄せてくる。
光は唇を噛んだ。
転んだのなんて、久しぶりだから。
こんなに痛かったっけ、と思う。
痛みに耐えるように、止めていた息を吐く。
顔を上げて、さっきまでざわざわとしていた商店街を、静寂が支配していることに気づいた。
風がひゅう、と吹き抜ける音まで聞こえた気がするが、気のせいだろうが。
少しして、ざわざわとした喧騒は戻ってきたが。
……めちゃくちゃ見られてる。
おもわず、一度上げた顔を下げた。
痛いくらいに視線を感じて。
数十人、下手したら百人以上に注目されている事実に、口元が引きつるのを感じた。
我ながらかっこ悪いよなあ、と憂鬱な気分になりつつ。
手をついて立ち上がろうとしたとき。
「ひ、光!?大丈夫!?」
「ね、ねえ。光、大丈夫なの。」
そんな2つの声が上から降ってきて、光は心の中でこっそりため息をついた。
声の主……零華と凛久を見上げる。
零華を助けたくて。
でも、男二人に真正面から食って掛かるには、勇気も自信も足りなかったから。
せめて自分が気を引いている間に逃げてもらおう、とか、そんなことを思ったのだけれど。
計画通り、とはいかなかったようだ。
心配そうな目をしてこちらにかがみこむ零華を眺める。
……冷静に考えれば、成功するはずのない作戦だったな。
今更、そんなことを思う。
零華はお人好しすぎるから。
光が転んだ時は、真っ先に駆けつけてくれるような人だから。
別に見捨ててくれてかまわない、というかそのつもりだったんだけどなぁと心の中で愚痴る。
……これじゃ、空回りして転んだ俺がかっこ悪いだけじゃん。
そう自嘲して。
とはいえ、ここでもたもたしていても面倒なことになる未来しか見えないから。
痛みをこらえて、光は凛久の手を借りて立ち上がった。
振り返ると、ナンパしていた男たちが呆気にとられたようにこちらを見ている。
どうやら、突然のことで頭が追い付いていないようだ。
突然足を蹴られて、目の前で人が盛大に転んで。
さらにはさっきまでナンパしていた女性が、その人の知り合いらしいとなれば混乱するのも当然か。
……運がいいみたいだ。
そう独り言ちて。
「あ、すみません。急いでいたら引っかかってしまって。ごめんなさい。」
有無を言わせぬ早口でそう言い、踵を返した。
早めにこの場を去るのが得策というやつだろう。
男たちが我に返る前に。
「ね、ねえ、光。」
何か言いたげな凛久と。
「ひ、ひかるぅ~……」
顔を見なくても目に涙をたっぷりとためていることが分かる零華の手を引っ張って、そそくさとその場を立ち去った。
ーーーーーー
【あとがき】
やばいです……1話もストックが無いの、やばいです……。
本当は常に5、欲を言えば10話くらいストックが欲しいんですけど……。
まあ、この物語を書くのは楽しいのでなんとかなるでしょう。
明日から頑張ります。
明日から。
作品のフォロー、応援、レビュー、そして作者のフォローなどいつもありがとうございます。
創作の励みになっております。
これからも光と零華の物語を暖かい目で見守っていただければ幸いです。
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