誕生日、そして……
第10話 マカロン……手作り……う~ん……
……なんなんだ。
光は2階の自室で、机に肘をついて頭を抱えた。
顔が熱い。
光の目の前に置いてるあのは、可愛くデザインされた袋に入れられた、マカロンだ。
……しかも。
光は袋の口を広げて、中身を覗いた。
中には、少々不揃いで、不格好な。
でも、丁寧に作られた形跡が見られるマカロンが入っていて。
……なんで手作りなんだよ……。
額を抑えて、小さくうめいた。
話が違う……。
なんで急に、手作りしようなんて気を起こしたんだよ……。
机に突っ伏して。
突っ伏した腕の隙間から、ベッドに置かれたデジタル時計に目をやった。
1時23分。
……もちろん、夜中の。
冷たい机に、熱を帯びた頬をつけた。
いつもならばすでに寝ている時間帯だ。
しかし。
寝られるはずもなくて。
「なんでいつもと違うんだよ……。」
思わず、呟いた。
面と向かっては聞けないのだけれど。
この場にいない幼馴染に、光は届くわけのない問いを発して。
そして、今日1日ーー正確には昨日1日ーーの出来事を振り返ったのだった。
6月28日。
それは、相沢光と言う人物がこの世に誕生した日……つまり、光の誕生日である。
誕生日を迎えて17歳となった光は、朝から両親にたたき起こされて目を覚ました。
ちょうど、光が生まれた時刻である6時2分に起こされて。
そして、寝ぼけて何が何だか分からないまま祝福されて。
いつもより少し手の込んだ朝食を頂いて。
まだ金曜日だから、両親も仕事があるはずだ。
それでも、朝から二人して起こしに来てくれて、そして朝食まで作ってくれているのだから。
……我ながら愛されてるよな、と少しこそばゆい気持ちになりつつ。
玄関まで見送りに出てきた両親に、思い切り顔をそらしながら”いつもありがと”と言い残して学校へ出発したのだった。
慣れないことをしたせいで熱い頬を冷ましつつ、電車に乗って何事もなく学校についたわけだが。
教室に着いてすぐ、凛久に祝福されて光は笑顔になった。
「誕生日おめでと~」
と肩を叩いてくる親友に軽い感じで応えつつ。
荷物を下ろしつつ。
教室の中心で、女子たちに話しかけられている零華のほうをチラリと見た。
見たら、偶然にもしっかり目が合ってしまって。
いつもならば何事もなかったように目をそらすのだけれど、浮かれていた光は小さく笑みを浮かべた、のだが。
次の瞬間。
零下に思い切り、それも勢いよく目をそらされて。
「え、。」
思わず、声が漏れた。
朝起きた時からどこか浮かれ気味だった気分が、一気に地へと叩き落される。
え。
……思い切り目をそらされたんだけど。
明らかに様子のおかしい零華に、不安な気持ちを掻き立てられる。
「もしかして榎下さんと何かあった?」
見ていた凛久も不思議に思ったようで、そう聞いてきたのだが。
正直、心当たりは何一つなかった。
何かをしたつもりも、された記憶もなくて。
……昨日、零華が夜ご飯を食べ終わって自宅に帰った時は、まだ挙動不審ではなかったはずだし。
「わからない……。」
光は凛久に沈んだ声で言った。
あそこまで露骨に目をそらされてしまうと、……落ち込んでしまうのも無理はないと思う。
拒否、されたのかな。
ネガティブな思考回路になっている光に気づいたのか。
「ほら、光の誕生日関連ではなんかないの?」
助け舟を出すように凛久に言われたが、光は首を振る。
確かに、今日あることと言えば光の誕生日くらいだ。
しかし、光の誕生日と零華の挙動不審さを結びつける要因は思い当たらなくて。
……だって、誕生日とはいってもそんな特別なことはしないし。
そう思って、う~んと息を吐く。
昔から、お互いの誕生日には市販のお菓子をいくつか詰め合わせて送り合うのが恒例となっていた。
たしか、小学2年生くらいの時に光が零華の誕生日に駄菓子をプレゼントしたのがきっかけだったはずだ。
お菓子ならば財布にも優しいし、もらった方も楽しく食べられるから。
それに、もらう方も気を使わないから。
カ〇トリーマアムやカ〇ムーチョ、じ〇がりこなどのお菓子を袋に詰めて、それを誕生日プレゼントとすることは、二人の間で暗黙の了解となっていた。
だから。
「誕生日って言っても、せいぜい市販の安いお菓子をあげ合うくらいだし……」
凛久を見上げて、小声で言うと凛久は首をかしげて。
「そっかぁ……。まあ、気のせいかもしれないしねえ」
そしてそう言ったので、もやもやとしつつもその話は一旦終わったのだった。
そして放課後。
光はふらふらとした足取りで、凛久と下校していた。
その顔色はかなり悪い。
道行く人がぎょっとするような惨状だ。
「そ、そんな顔するなって。きっと何か理由があるからさ。」
そういう凛久の顔も、若干引きつっている。
凛久に背中を叩かれて、光は曖昧な笑みを浮かべた。
「そうだね。」
言葉とは対照的に、声はむなしく響いて。
お先真っ暗な気分で空を見上げた。
空はどんよりと曇っており、光の心を表しているかのようだ。
先ほどまで雨が降っていたこともあり、空気は湿っている。
不快な蒸し暑さだ。
湿って真っ黒になっているアスファルトに目を落とし。
そして息を吐き出した。
どこを見ても暗い。
さらに憂鬱な気分になりつつ、光は今日一日の零華の様子を思い出した。
朝のあの件に始まり、休み時間、そして昼休み、更には授業中にも。
光と零華はなんども目を合わせた。
そして、決まって零華に思い切り目をそらされた。
さらには掃除時間中にも、同じ掃除場所であるにもかかわらず明らかに距離を取られて。
……極めつけは5限目の数学の授業だった。
授業中に、名簿順に班が組まれて話し合いの場が設けられたのだが。
その時に……。
光は、はあ、とため息をついた。
その時に、零下が落とした消しゴムが光の足元に転がってきたのだ。
当然、光はそれを拾って零華に渡そうとしたのだ。
そしたら、またもや目をそらされて。
そしてそのまま、明らかに貼り付けられた、物凄くぎこちない外行きの笑みで”ありがとう”と言われて。
……心、折れたよね。
もはや自虐するのすら虚しくて、光はうつむいた。
いや、外行きの笑みなのは仕方がない。
二人が幼馴染であるということは、学校で2人と凛久しか知らない
でも、それにしても零華の笑みは明らかに不自然で。
何度も目をそらされて落ち込み切っていたこともあり、光にとどめを刺すには十分な出来事であった。
「嫌われちゃったかなあ……。」
生気のない顔で、泣きそうな声でそう言う光を見て、凛久の顔が一層引きつる。
「い、いや、まだ分からないじゃん。」
凛久が言っているのを聞きながら。
光は項垂れた。
そんな調子で、抜け殻のようになりつつ、凛久に励まされつつ、どうにかこうにか、光は家に着いた。
この数十分で、光はすっかり真っ暗な気分になっており。
鍵を開けながら、嫌われちゃったんだろうな……とか考えていたものだから。
光は気付かなかった。
そこに、玄関に、女物の靴があるのを。
ドアを閉めて、鍵を閉めて。
靴を脱いで、そして廊下を歩いて。
両親がいないのに、廊下に明かりが灯っていることに疑問さえ抱かずに。
足元を見つめて、とぼとぼと歩き。
そして、リビングのドアをがらりと開けて。
「え、零華……。」
立ち尽くした。
リビングの、入口に。
リビングのソファには、いつものように零華が座っていて。
もう二度と来ないんだろうな、と光が勝手に思っていたその人が、ソファに座っていて。
零華がこちらを振り向いたのを見て、光は思わずビクッと身体を緊張させる。
……これで面と向かって”嫌い”とか言われたら、絶望する自信しかない……。
そんな不穏なことを思っていたのだが。
零華は光を見て。
そして、目を泳がせつつ。
「お、おかえり……。」
普段よりもぎこちなく、普段通りの言葉を言ったのだった。
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