王子様とその護衛、しかられる
ブライアンを連れて移動中だったアルバートは、女性棟へと繋がる通路を塞ぐように立つジェスローの姿を認めるなり、この場から逃げ出したい気持ちになっていた。
ジェスローの幼なじみであるアルバートは知っている。この状態の彼は、すこぶる機嫌が悪いのだということを。
「僕がここにいる理由は分かるか?」
ジェスローは目を細め、貴婦人のような笑みを浮かべていた。しかし、見目麗しい青年の目は笑っていない。彼は威嚇するかのように、手にしていた扇子をぱたりと閉じた。
異性装をせずにいても扇子が似合う。そんな現実逃避じみたことを考えながら、アルバートは目の前の男を見つめ返した。
「…………とぼけさせてはくれないのだろう?」
「分かっているのなら、口にしてご覧」
アルバートはブライアンに視線を向ける。ブライアンは目が合うとすうっと視線を逸らした。なるほど、そういうことか。アルバートの頭の中に、ふわりと浮かび上がってくる。
どうやらアルバートがヒューイに言い寄った後、ブライアンまで行動に移したようだ。そして困惑したヒューイがジェスローのところで愚痴る――ジェスローの怒りの道筋が見えた気がした。
今までヒューイのことを三人で守ってきたのだ。二人が行動に移したと分かれば、裏切られた気持ちになると同時に、ヒューイを守ろうという彼の過激なまでの防御機能が発動したとしても不思議ではない。
「私よりも適役がいる。ブライアン。君の方が状況を知っているようだ」
「なっ!? 発端はお前だろ!」
ブライアンの一件を知らないアルバートが自分の話をして終わってしまうのでは割に合わない。
アルバートは過剰な反応を示したブライアンに、頑張ってもらうことにした。ジェスローの怒りの矛先を少しでも自分から離したい気持ちがなかったとは言わない。普段ならば、そんな無責任なことはしないが、ジェスローが関わる時だけは違う。
ジェスローはアルバートのことを崇拝してくれているからこそ、アルバートにも厳しくなる。特に、ヒューイが絡んだ時は。
「アル」
「はい」
「ブライアン」
「……おう」
「僕は、二人の口から直接聞きたい」
アルバートはそっとため息を吐いた。ジェスローは逃げ道を残しておくつもりはないようだ。それと同時に、彼は正論で論破し、完全にアルバートたちの心を折るつもりなのだとも察する。
加減が自在にできるのであれば、是非とも宰相になっていただきたいところだが、生憎彼の能力は限定的かつ特定の方向にしか向いてくれない。
敵に回したくないが、味方として使いこなすのもほぼ無理なのである。命令を聞かずに暴走する優秀な手駒ほど、恐ろしいものはない。
「僕には話せない内容なのか?」
「いや、違う」
焦れたジェスローが一歩踏み出した。アルバートは後じさりしそうになるも、何とか耐えた。隣にいるブライアンは仁王立ちになったまま、微動だにしない。
「ならば、教えてくれるか。アルがヒューイに何をしたのか。そして、どうしてブライアンがアルに便乗するようにしてヒューイを困らせたのか」
ズタボロに言われる未来しか想像できない。アルバートは覚悟を決めて口を開く。アルバートの説明が終わると、ブライアンの説明が始まる。
すべてをただ頷いて聞くだけの彼は、二人の話が終わると絶対零度の目でアルバートたちを凍えさせた。
「――つまり、君たちは、ヒューイに自分の気持ちを押しつけるだけ押しつけた……というわけか」
そうして始まったジェスローによるド正論責めは、アルバートの想像通りにすごかった。蔑む視線と相まって、よりいっそう惨めな気分にさせられる。
「僕の言うことが分かったのなら、しばらく反省することだ」
効率よく短期間で自尊心をボロボロにさせてくるそれに、アルバートはしばらくの間ヒューイに対するアプローチは控え、今まで通りに過ごそうと思うのだった。
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