番外編(本編読了後推奨)
未来の騎士が願掛けを決めた日
ヒューイは無邪気な発言で、関わる人間の人生を少しずつ変えてきた。それは楽に生きていく為の考え方であったり、腐らずに前へ進む為の力になったりと、様々である。
ヒューイのひと言で人生を変えられた人間が、ここにも一人いた。それがこの男、ブライアン・スカイラーである。
「ブライアンって、アルが強いって言ってたんだけど本当?」
「ヒューイ・ジャーヴィス」
きゅるんとした目で見つめてきたのは一人の少年だった。同年代の子供からの声かけは珍しい。普段騎士たちに囲まれて過ごしているブライアンは、その珍しい存在を認め「あぁ、公爵家の」と納得した。
アルバート王子のはとこである彼は、その見た目に似合わぬ地位が約束されている。確か、今年で十歳。ブライアンの二つ下だったはずだ。アルバートよりも一歳年上であるはずの彼の方が幼く見える。
「手合わせしてくれる?」
「は?」
騎士団長の父親を持つブライアンに、変な絡み方をしてくる人間は少なくない。アルバートが語るヒューイ像からはそういう人物であるようには見えなかったし、今目の前にいる彼からもそういう空気を感じない。
だからこそ、どういうつもりでその発言に至ったのかブライアンには理解できなかった。
「アルのことがちゃんと守れるのか、俺が実力を確認してやる」
「…………なるほど?」
アルバートの為とは言っているが、おそらくただの好奇心だろう。アルバートが言う通り、ブライアンにもヒューイは毒気のない人物にしか見えなかった。
少しだけ遊んでやるか。ブライアンはそんな軽い気持ちで彼の願いを受け入れた。
手合わせは、思ったよりも楽しかった。ヒューイはブライアンの予想を裏切り、強かった。もしかしたら、ブライアンの実力を確認したいという言葉は本気だったのかもしれない。
ブライアンは久しぶりに血が沸き立つのを感じた。純粋に打ち合いが楽しい。
騎士の訓練に混ぜてもらっているものの、どことなく忖度の香りを感じてしまったり、陰湿な気配を感じてしまったり、逆に妙な期待の目で見られて複雑な気分になったり、と心の底から楽しめていなかった。
「ブライアン、本当に強いなっ!」
「実力がなきゃ、彼の側近候補として側に立っていない……っ」
何度目になるか分からぬ応酬に、ブライアンは笑顔を見せる。
「俺! お前になら、アルを任せられるよ。だから、ちゃんと立派な騎士になってくれ!」
「!」
初めて、認められた気がした。
「もちろん、そのつもりだっ」
「でもっ! それ以上にっ!」
騎士になる以上のものが、あるとでも言うのか。ヒューイはブライアンの思考の上を言った。
「アルの、友達になってほしい!」
「はぁっ!?」
敵に隙を与えるな。その父からの指導はどこへ行ったのか。ブライアンは一瞬動きを止めた。ヒューイはすかさずその隙を突いてくる。
ブライアンの剣が空を飛び、大地に刺さった。
「俺はずっと一緒にいてやれないからさ。お前が嫌じゃなかったら、アルの友達になってくれよ。で、ついでに俺とも友達になって!」
友達になって。ヒューイのその一言は、ブライアンの胸に突き刺さった。将来の立場を見越しての「友達になって」を言われたことはある。だが、ヒューイのそれはどうだ。
純粋に、立場も何も関係のない「友達になって」である。自分自身を見てくれているという実感が、ブライアンの胸に広がった。
「友達って、頼んでなってもらうようなものじゃないから、本当にブライアンが嫌じゃなければ! 俺はお前と仲良くなりたい。一緒に遊びたい。だめか?」
次期侯爵や次期国王と友人関係で居続ける、というのはかなりの難題である。そもそも、家柄が遠すぎる。
それを可能にするには、父親と同じ地位を目指すしかない。この純粋な願いを叶えたい。ブライアンは初めてそんなことを思う。
「分かった。友達になろう」
「やった!」
嬉しそうに飛び跳ねる少年を目の前に、ブライアンは願掛けをしてまででも成就させてやろうと誓うのだった。
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