ジェスロー、ショーンの秘密を知る
ジェスローは思いもよらないアクシデントに、人生で一番驚愕していた。他人の秘密を知ってしまうのは、悪いことではない。それをもとに、アルバートやヒューイを守ることもある。
しかし、である。この秘密を知ってしまうのは、まずかった。
「……すまない。悪気は、ない」
「分かっているよ、それくらい。とりあえず、どいてくれるか?」
ショーンの指摘に、ジェスローはのろのろと身を起こす。背中に乗っていた本が、ぼとぼとと床に散らばった。
ジェスローは改めてこの惨状を見渡した。足の間から抜け出たショーンが書架に身を預けている。ショーンが本を取ろうとした瞬間に、事故は起きた。ショーンの身長では取りにくい段の本を、無理に取ろうとしたのが悪かった。
書架に負担がかかったのだろう。棚板が外れてしまったのだ。たまたま暇つぶし用の本を探しに来ていたジェスローは、彼の近くにいた。ショーンの「あ」という小さな声に振り向けば、本が振り注ごうとしている。
ジェスローは持ち前の身体能力を駆使してショーンを庇った。
彼を庇った理由は単純だ。彼の身に何かが起きたらヒューイが悲しむからである。あのままショーンが庇われていなければ、きっと顔に大痣ができていただろう。
だから、この行動に後悔はない。ショーンの服装が乱れたせいで、彼の逆鱗を見てしまったのは誤算だったが。
「ショーン、その逆鱗……染まり始めているが」
「分かっている」
「……伝えないのか?」
「…………好意は伝えても、これは伝えない」
ショーンの逆鱗は、ヒューイの色に侵食されていた。彼の交友状況から、この色を持つ人物はヒューイしかいない。
「逆鱗の特性上、今後の婚活に支障が出ると思うが……良いのか?」
「…………まぁ、何とかなるだろう」
逆鱗は、反応してしまった部分の上書きはできない。つまり、ショーンはヒューイとパートナーにならない場合、パートナーとなる相手に「過去に私は別の人を真剣に想っていました」という事実を突きつけ続けることになる。
そういうのが好きだという物好きは、ほとんどいない。逆鱗持ちは、唯一の相手が自分であるという安心感を、パートナーの逆鱗を見ることで抱くのだから。
「そこまでヒューイが大切か?」
「そうだよ。私は、ヒューイの顔を曇らせたくない。やっと、ヒューイが幸せになれそうなのに」
ショーンの気持ちは分からなくもない。だが、ショーンのそれを見た相手は思うだろう。ショーンの想い人はヒューイだったのだ、と。
本当にショーンを愛していた場合、ヒューイに対して何を思うのだろうか。と、考えるとおそろしい。
「ショーン。僕が責任を取る」
「なに、同情? それとも、ヒューイの色に染まった逆鱗が欲しい?」
「お前を通してヒューイへの悪感情を抱くであろう人間を減らす為だ」
「…………なるほど。君らしい」
すぐに理解したらしいショーンは小さく頷いた。が、その表情には諦めの感情が透けて見える。ジェスローの胸が小さくちりついた。
ショーンのことは、ヒューイが大切にする友人という枠でしか見ていなかった。努力家なのだろう、とだけの認識であった。そこにヒューイに対する真摯で無償の愛、己の欲望を理性で制御できる精神的な強さ、という認識が追加された。
悪くない。ジェスローは心の底からそう思う。
彼とならば、共にヒューイを守り、支えていくことができるだろう。それに、ヒューイの友人であるショーンが幸せな姿を見せれば、ヒューイの心も穏やかでいられるに決まっている。
ヒューイが安心して、のびのびと過ごせるようにする要素の一つとして、この関係が生きてくることになるだろう。だが、これは強制していい話ではない。
「責任は取る。が、それを受け入れるかどうかは君が決めて良い。まずは僕が君への愛を証明してみせよう。
僕の逆鱗が君の色に染まる頃、返事をしてくれないか」
「……君、結構頭悪い?」
ある種まじめすぎるジェスローの発言に、ショーンは笑い出した。
その困惑と純粋な面白さが複雑に混ざりあった笑顔を見たジェスローは、密やかに「絶対責任を取る」と決意するのだった。
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