第3話 ユーゴと俺と、遼一と高臣

 微々たる変化すぎて、完全に変わってしまった逆鱗にまったく気づいていなかった。ユーゴに指摘されて気づいた俺は、鏡でそれを確認する。


「俺がユーゴのことをどう思ってるのか、自分でわかってないのに逆鱗ってすごいな」

「まあ、そういう感想だよな。知ってた」

「ごめんな」

「良いよ。前世からずっとこうだ。慣れてる」


 軽い声色で慣れてると言われ、それもそうかと納得してしまう。俺よ……納得するんじゃなくて反省すべきだぞ。

 俺は自分の逆鱗をまじまじと見つめた。紫色だった逆鱗は、すっかりと青く染まっていた。その中を星雲みたいなものが浮遊している。黄色からブラウンくらいの色で構成されるそれは、優しく何かを語りかけてくるかのようだ。

 小宇宙みたいな逆鱗を見ていると、何だか泣きたくなってくる。何だろう、この感情。


「ヒューイは」

「うん?」

「その逆鱗の中で、自分だけの宇宙を創るつもり?」


 宇宙を創る。なるほど、星雲から星が生まれることがあるって前世のネットに書いてあった気がする。もしかしたら、俺がユーゴの気持ちに寄り添いたいっていう気持ちが逆鱗を反応させて、俺の気持ちが育つにつれて星雲が惑星になったりするのかもしれない。

 俺たちが星雲だと思い込んでいるだけで、別の何かになったりして。


「どうなんだろう?」

「その逆鱗、ゆっくりと楽しめそうだな」


 マイペースなヒューイそっくり、とユーゴに言われて胸がむずむずとした。俺とユーゴは婚約したけど、親友以上恋人未満みたいな距離感で過ごしている。周囲は順調に仲を深めていっているように見えるから、取り残されてる気がしなくもないけど。

 逆鱗が染まりきったのに、煮え切らない俺の気持ち。ユーゴは大切だ。前世の遼一のことも大切だ。

 大切に思っているからこそ、恋愛っていう目で彼を見ることができずにいるのかもしれない。


「なあ」

「何だ?」

「俺の態度に苛々しないの?」


 俺が問いかけると、彼はふふ、と笑った。きゅっと細められた目が優しくて、俺の心を切なくさせる。


「するわけがない。だって、もうずっと俺のことを考え続けてくれているだろ? その真剣さを嬉しく思うだけだけど。

 前世では、まったく意識してもらえなかったからな。それなりにアプローチは仕掛けてたんだけど、通じなかったし」


 そう言ってユーゴは俺たちが高臣と遼一だった頃の話を羅列した。

 夕食に誘ったのは、一緒にいる時間を増やして人間としての好感度を少しでも他の人より上げたかったから。人間は一緒にいる時間が長いほど、勝手に好感度が上がっていくシステムを搭載している。それを利用しようとしたらしい。

 日々自分磨きをしていたのは、優しく頼りがいのある同僚でいようとしたから。俺が見ていないところで、かなり努力していたらしい。

 他にもいろいろと羅列されていく色んな遼一の姿。

 俺の為にそこまでするなんて、頭がおかしいんじゃないかと思う。でも、それを愛しく思うくらいには彼のことが好きだと断言できる俺は、いる。


「今世は、絶対に失敗しない。お前を幸せにしてみせる」

「ユーゴ……」


 自分が考えている自分の価値と、周囲が考えている自分の価値が一致してからの俺は、他のみんなの言葉もそうだけど、ユーゴのこの発言を素直に受け止めることができるようになってきた。

 俺は、間違いなく誰かの大切な一人になっている。外側から見守る、なんて言うことが失礼だったのかもしれないとすら思えてきたんだから、成長した気がする。


「一緒に、色々経験していこう。前世ではあまり遊びにはいかなかったから、今世はあちこち出かけよう。ヒューイの家に俺が輿入れするかたちになるから、ヒューイの出張がてら観光するのも良いんじゃないかな」

「俺……」

「うん。話して。俺はヒューイの気持ちを知りたい」


 俺が何かを話しかけてやめたのにすぐに気づくあたり、やっぱりすごい。俺は聞く姿勢をとるユーゴに向け、姿勢を正した。


「俺、もっと遼一のことが知りたい。ユーゴになってからのことも、全部。俺は……高臣だった俺も、ヒューイになった俺も、お前のことを知らなすぎる。

 だから、俺もお前と色んなことをしていきたい。くだらないこともしてみたい。一緒にアルバートに怒られたりとかさ」


 一緒に怒られるってなんだよ、とか思ったけど、そういう意味の分からないことも楽しみたい。


「王子様に怒られるのは怖いな」

「あ、じゃあ。ジェスに怒られてみる? 俺、ジェスに怒られたことない気がするんだよな。俺が気づいてないだけ?」


 のほほんとした俺に、ユーゴが苦笑する。あ、その顔好きかも。俺の中に“好きなユーゴ”というパズルのパーツが増えていく。

 こうして少しずつ、俺はユーゴのことを好きになっていくんだろう。


「アルバートよりもジェスローの方が怖いから、怒られる時はアルバートの方が良いな。なにせ、俺はジェスローのヒューイのパートナーっていう意味での特殊枠であって、彼の保護の対象外だから」


 俺の言葉にユーゴはぎょっとしたような顔をした。多分、大丈夫だと思うんだけどな。でも、ジェスローの徹底ぶりを知っている遼一だからこそそんな風に考えるのかもしれないと思うと、その気持ちも分かる。


「あはは、じゃあ今度アルバートにいたずらしよう!」

「いたずら? 難易度高そうだな」


 ユーゴはそんなことを言いつつ、考えるそぶりを見せる。何だ、乗り気じゃん。


「アルバートが結果的に幸せになるようないたずらにしよう。それなら誰も不幸にならないし」

「良いな、それ」


 ユーゴはやっぱり優しい。俺たちは誰も不幸にならないいたずらについてのミーティングを開始する。

 もう少し、俺たちはこのままで良いかもしれない。そんな日々がしばらく続くのだった。




 時々脱線しながら、俺とユーゴは絆を深めていって一年経った。

 その間、俺の気持ちが追いつくまで、ユーゴに待ってもらったということになる。正直、待たせすぎたなと……思う。

 だから、俺の方からキスをしてみた。ものすごく嬉しそうに破顔するから、俺は恥ずかしくなってユーゴの胸に頭をぐりぐりと押しつけた。

 そしたら、俺の頭にキスしてくるユーゴ。それはそれで恥ずかしい! 勢いよく距離をとって腕で顔を隠しながら見返せば、ユーゴは相変わらず微笑んでいた。


「ありがとう」


 お礼を言われた途端、勝手に俺の涙腺が崩壊した。やっと追いついた。待たせてごめん。そんな気持ちが涙になってこぼれ落ちていく。


「俺は、ヒューイを幸せにできそうか?」

「うん……俺、ユーゴに幸せにしてもらえそう」


 止まらない涙をそのままに下手な笑顔を見せれば、ユーゴはそっと涙を拭ってくれた。

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