第6章 逆鱗が導く俺の恋

第1話 俺の鈍感力と影響力

 よくよく見てみると、俺の逆鱗は紫と青のグラデーションになっていた。ブライアンのそれみたいに。

 鏡越しに見た逆鱗は、不思議な色をしている。でも、これはちょっと分かりにくい。


「紫は赤と青の混色だから……くく……近い系統の青が侵食してきても、分かりにくかった可能性は……ある………ふはっ……すまない」


 笑いながら、アルバートが俺を慰めようとしている。いや、笑いながらするなよ。

 ムスッとすればするほど、周囲の笑い声が増す。


「ヒューイ、君は最高だ。愛している」


 アルバートはそう言いながら俺の額にキスを落としてくる。むう。納得いかない気持ちと親愛の情を与えられてくすぐったい気持ちが俺の中でマーブルになった。


「その逆鱗の変化の仕方から、お前がゆっくりとユーゴと絆を育んでいたんだって分かるようだ。お前の幸せはお前のものだ。何かあったら俺が囲ってやるから逃げてきても良いぞ」


 ブライアンはにかっと笑って額を合わせてきた。こつん、というよりはごつん、という音がしたそれに、俺は思わず顔をしかめる。痛い。


「……なあ、どうしてそんな強く押してみたりすぐに手を引いたりするんだ?」


 額を撫でながら聞くと、アルバートとブライアンは顔を見合わせてから笑う。


「心の底から、ヒューイの幸せを願っているからだ。自分の手で幸せにしたいという気持ちはある。だから自分を選べと口にした」

「けどよ、それはヒューイの幸せとは違うだろ? お前が幸せにならないんだったら、俺たちが無理やりヒューイの隣に立つ理由は存在しない」

「意外と、君は察しが良いから。あまり意識はしていないのだろうが、ね」


 交互に説明する二人はどこからどう見ても、以心伝心のカップルだ。一日足らずの時間に何があったのかすごく気になるけど、彼らは元々こうだったような気がしなくもない。

 それにしても、俺の周囲にはイイ男しか存在しないのか!? あ、ゲームの世界だから当たり前だったわ。しかも俺の周辺は攻略対象キャラで構成されてるし。そりゃ、イイ男ばっかりだったわ。

 俺は彼らの懐の広さに泣きたくなるような気持ちになって、下手な笑顔を作るのだった。




 落ち着いたところで、改めて話し合いの場を作ったところ……どうやら俺は、無意識の内にずいぶんと色んな人の人生を狂わせていたようだと理解した。狂わせた、という言い方は良くないかもしれない。でも、“左右した”くらいだとちょっとインパクトに欠けるんだよな。

 アルバートもブライアンも、ジェスローも、そしてショーンも。俺の何気ない言葉がきっかけで、生きやすくなったらしい。

 自分らしく生きるって、貴族社会だと難しかったりする。いや、一般市民だってそうだろうけど、親から引き継いだ称号や周囲の期待、重責、人それぞれに手放したいのに手放せない重いものがある。

 俺は、彼らがそれを持ち続ける為の力になっていたんだ。


 ユーゴは遼一だった時に言った俺の言葉を使って笑った。


「自分では人を幸せにできないって言っていただろ。ここにいる奴らを見てみろ。少なくともここにいる人間は、お前の言葉に救われたんだ」


 俺には、何の影響力もないと思っていた。前世だって、俺よりもすごい奴らが大勢いて、凡庸な俺はただ埋もれるだけだと思っていた。今だってキラキラした彼らに囲まれる中、あほっぽさの増した攻略対象キャラっぽくないヒューイのことを、本当にこのままで良いのかって思ってるし。

 なのに、ユーゴはそれを否定してくる。


 ユーゴの言葉を肯定するように頷いたジェスローが語り始めた。


「ヒューイは鈍感すぎるからな。今後は僕も言葉にするようにしよう。僕は、人間の中で一番ヒューイを愛している。僕は、君の人間性が好きだ。偏見を持たず、真っ直ぐに他者を評価するその純粋さが特に好きだ。

 そういうことに対して無自覚なのだと理解していたからこそ、僕の言葉を受け入れることはないと黙っていたが……これからはちゃんと受け取ってもらえそうだ」


 ジェスローがここ最近での最高の笑顔を向けてくる。ジェスロー、お前、ヤンデレ卒業したのか? 普通に良い子すぎて、俺……泣きそう。


「この前にも言ったけれど、君が最後に戻ってくる場所は、僕のところだから。僕は君のすべてを肯定する。君の為ならば、どんなことだってしてみせる。今までみたいにね」

「ジェス、お前……今までに何したんだよぉー!?」


 やっぱりヤンデレだった。俺のツッコミに、彼は嬉しそうに笑う。


「君の幸せの為ならば、僕はどんな存在にもなれるのだよ」

「あ、あの、いつまでも安全な人でいてください」

「それが今の君の望みならば」


 うわ、これは俺が知らない場所で今後も何かやらかそうとしている顔だ。何となく頭が痛くなってきた。


「ジェスロー。あまりヒューイを困らせては駄目だよ」

「ショーン。相変わらず優等生な言葉だね」

「この中では一番品行方正だし礼儀正しいと思うから、それは素直に誉め言葉として受け取っておくよ」


 なーんかこの二人、良い感じな気がするんだよなぁ。にらみ合ってるのか微笑み合っているのか分かんない顔して見つめ合ってるけど。

 俺が鈍感で、影響力がないと思い込んでいたので、前世も今世も濃い人が周囲にいたせいじゃないかな。ショーンはとても普通だけど、他の全員キャラが濃い。


「ヒューイ、彼らと同じような言葉を口にするのは悔しいが、私も君の幸せが一番だと思っている。すべてのことに対して前向きな考えを持つ君が、私にはとても眩しく見えた。分け隔てなく、貴賤関係なく、それぞれの本質を見抜き、尊重する姿勢には頭が下がる」

「えっ、そんなに褒めなくて――」


 勉強家の彼に褒められると純粋に嬉しいし、照れてしまう。次の言葉さえなければ。


「少し考えなしな部分はあるが、愛嬌だと思える程度だしな」

「あっ、最後に落とした!」


 上げて落とすタイプかよ! 確信犯だったらしいショーンは、珍しく俺のツッコミを聞いてにやりと笑んだ。


「打てば響く、その反応が私の日々の癒しだったんだ。これからも頼むよ」

「俺は鐘じゃないってば」

「ははは、私の人生の華になれたことを光栄に思うといいよ」


 光栄です! 幸せそうに微笑まれたらそう言うしかないじゃないか。みんな、俺を喜ばせようとしてるのか、からかおうとしてるのか、怪しいラインの言葉かけばっかりしてくる。

 耳障りの良い言葉ばかり与えられても受け入れきれなかっただろうから、このくらいの塩梅が良いのかもしれない。


 本当にこいつら、引き際が分かってて憎たらしい! 好きっ!

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