第5話 想定外に想定外、コンボ決まりました!

 俺が半眼すると、わちゃわちゃと勝手に揉め始めた二人は気まずそうに咳払いした。ユーゴは……あ、俺と同じ顔してる。

 だよな! これが普通の反応だよな!


「結論はそういう感じになったんだから、今更蒸し返すなよ……アルは未練がましいな」

「は? あんなに抵抗していたくせに、ころっと心変わりするのだから、君は気持ちが軽いのでは?」


 まだ小声でやり合ってるよ、この二人。何となく、このテーブルの下では足で攻防を繰り広げていそうだなと思う。本当にやってたりして。

 とりあえず、俺が二人にどんな影響を与えたのかはピンと来てないけど、二人がパートナーになることに対して前向きなのは分かった。

 なのかな、なのかな。ちょっとそのあたり、気になるけど。もちろん俺はそれが可逆性のある組み合わせでも気にしないぞ。安心してくれ。で、どっちなの?

 つい、腐男子の血が騒いでしまう。そわそわとしていると、ユーゴがさりげなく俺の腕をつついた。


 はい、すみません……真面目に過ごします。

 

「とにかく、そういうことだからヒューイはこの件について心配しなくていい」

「あ、うん」

「で、呼び出した本題なんだがよ」


 ぐ、と身を乗り出してきたブライアンに俺は瞬いた。悪いことを考えている時の顔をしている。

 嫌な予感がする。俺は顎を引いて身構えた。


「お前の逆鱗はどうだ?」

「は……?」


 俺の、逆鱗? え、何で俺の逆鱗の話題になったんだ?

 首を傾げると、アルバートまで身を乗り出してきた。ちょっと、王子様なのに行儀が悪いぞ!


「ヒューイは鈍いからな……変わっていても気づかないのではないか?」

「いやいや! 俺だって気づくし!」


 アルバートの失礼な言葉に反抗すれば、何故か彼はゆるりと笑い、己の鎖骨を見せてくる。


「仕方ないな。ほら、これがブライアンに反応した逆鱗だ」

「あっ、色が変わってる!」


 ブライアンの目と髪色がそこにはあった。オレンジ色の逆鱗の中で、炎のような赤い色が揺らめいている。反応している逆鱗を見るのは、父親のもの以外では初めてだ。

 逆鱗の反応の仕方は人それぞれだ。共通しているのは、宝石みたいだってこと。

 美しいそれに俺が魅入っていると、ぐい、と胸ぐらを掴まれた。


「何?」

「アルの逆鱗見ただろ? お前の逆鱗も見せろ」

「はぁ!? なんだよその詐欺みたいなセリフ!」


 無理やり商品送りつけて、請求してくる変な業者とか前世にいたな。あれと同じじゃん!

 俺とブライアンがぎゃあぎゃあ騒いでると、ユーゴが参戦してきた。


「俺もヒューイの逆鱗、見てみたい」

「あっ、裏切り者!」


 ユーゴ、好奇心に負けやがった!


「そんなこと言うなら、全員見せ合いにしようか!? アルと俺だけって、なんか不公平だ!」

「決まりだな」

「んんっ!?」


 ブライアンがにやりと笑って鎖骨をさらけ出す。彼の逆鱗は半分染まりかかっていた。赤い鱗にシトリンのようなさわやかな黄色のグラデーションが入っている。その黄色い部分には、群青色が揺らめいている。

 星空のような逆鱗を想像していたから、なんか不思議な感じだ。


「黄色がメインなんだな」

「夜空みたいな男じゃないだろ。こいつは圧倒的光だ」


 へぇ、ブライアンってアルバートのことをそんな風に考えてたんだ。意外だった。


「そう? 俺は星空みたいだと思ってるけど。だって、アルはみんなの為だけにそこにいるんだ。うっすらと、みんなが途方に暮れないように照らしてくれるんだ」


 俺がさりげなく持論を口にしたら、アルバートがテーブルに突っ伏した。あ、珍しい。


「……ヒューイのそういう発言に、私は都度救われているのだがな。ああ、君のパートナーになれないのが心の底から悔しい」

「えっ、あ……うん、ありがとう……っていうか、ごめん……?」

「いや、良い。気にするな。むしろそのままでいてほしい」


 ありがとう、でやめておいた方が良かったか。言葉選びを間違えたな、と思っていると胸元の留め具を外された。ブライアンの仕業だ。


「あっ!?」

「隙ありすぎだろ」


 逆鱗は反応してない自信があるけど、こうやって服をひん剥かれるのは嫌だ。


「じ、自分で見せるよっ! やめろって、くすぐったいったらっ」


 首もとがくすぐられるような感覚に、俺はひいひいしながらブライアンを押しやった。

 ブライアンも「どいたぞ」と笑いかけ、両手のひらを俺に見せてくる。いわゆる“俺は何もしないぜ”のポーズだ。

 色が変わってなくてからかわれるんだろうな、と諦めの気分で服を広げた。


「ほら、反応してないだろ?」


 俺はそう言いながら鎖骨の逆鱗を見せると、 三人とも目を見開いた。あー、うん。そうだよな。全然誰の色にも染まってないもんな。

 でも、逆鱗は基本的に一度他人の色に染まったら、そのままだから誤魔化しようがない。


「俺が見せたんだから、最後はユーゴだぞ」

「あ……あぁ……」


 半ば呆然とした表情のユーゴが、逆鱗を見せる為にシャツの金具を外す。のろのろとした動作の後に顔を出したそれは、完全に俺の色に染まっていた。

 うっすらと桃色がかったシャンパンのような色に、紫色のルチルが入っている。紫色の欠片が光を反射しながら鱗の中で遊んでいて、とても華やかだ。

 俺ってこんなイメージなんだ……。


「すげぇ……綺麗な色」

「お前色だよ」

「わ、分かってるけど……」


 俺は形容し難い気持ちに襲われた。逆鱗は嘘をつかない。ユーゴが俺のことをどんな風に想ってくれているのか、偽りなく教えてくれているんだ。

 俺は、ユーゴと親友でいたい。けど、ここまで真剣なのだと心をさらけ出されてしまうと、どうすれば良いのか分からない。


「俺の逆鱗、誰にもまだ反応してないのに……こんな……申し訳なくなってくる」


 逆鱗が反応することは、素敵なことだ。だからこそ、誰にも染まらない自分が嫌だ。

 そんな気持ちを吐露するように漏らせば、全員から似たような反応が返ってきた。


「は?」

「……ヒューイの目は、節穴か?」

「鈍いにも程があるよな……そういうところも含めて、昔から好きなんだけどさ……」


 三人とも、深いため息を吐いて呆れ顔を俺に向けてくる。え、何? それってどういう感情の顔?


「本気で気づいてない……んだよなぁ?」

「ヒューイだし、じゅうぶんに有り得る」


 ついさっき成立したばかりのカップルが意味の分からない会話をしている。俺のしんみりした気持ちを返せ。ついでにどういうことか説明してほしい。


「ちゃんと話してくれないとわかんない。何が言いたいんだよ」


 ムスッとした顔を二人に向ければ、ブライアンが小馬鹿にしたような笑みを浮かべて口を開いた。


「お前の、しっかり反応してるだろ。ユーゴ色に」

「は?」


 俺の世界は一瞬の内に凍りついた。

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