第4話 光った逆鱗、誰のもの!?

 逃げることをやめざるを得なくなった俺は、アルバートの部屋へ向かう前にユーゴの部屋に向かった。

 だって、一人で立ち向かうの怖いじゃん。告白してきた相手に対して、あんまりだとは思うけど……俺の中で一番冷静に付き合ってくれそうなのはユーゴしかいない。

 ジェスローはヤンデレ発動させそうだから駄目だし、ショーンは巻き込んだら可哀想だし……そうしたら、一番事情を把握しているユーゴしか残っていない。


 ……あれ? 俺……友達が、少ない……?


 友達の人数に関するあれこれを考えるのやめよう。病んじゃうかも。

 とにかく、レピペタ世界に詳しいユーゴが適任なのだった。


「……アルバートのところに行く気になったんだ?」

「うん……」


 さすが、前世から俺のことを想ってくれているだけある。ドアを開けるなり彼が放ってきた第一声がそれだ。

 きっと、俺が訪れるのを待っていてくれたのだろう。散歩にでも行くような軽い感じで「じゃ、行こうか」と彼は笑った。




 ドアをノックしようとする拳が止まる。と、その隣から拳が割り込んできてノックした。あっ、俺の心の整理が!?


「いつまで経っても始まらないだろ」

「……おっしゃる通りで」


 ぼそっと耳元で囁かれ、俺はがくりと肩を落とした。覚悟が決まってない、往生際の悪い俺の目の前のドアは、無情にも開いてしまった。

 無感動に見下ろすアルバートの奥に、じっと俺を見つめるブライアンの双眸がぎらりと光って見える。

 やべぇ…………二人とも、おかんむりだ。


 俺、既にもう逃げたい。俺のそんな気持ちまで見越してか、ユーゴはがっしりと俺の腕を掴んでいる。

 腰の引けた俺と、逃がさんとするユーゴの姿を観察するアルバートの視線が怖い。落ち着いているように見えるのが本当に怖い。


「ゆっくり話をしようか」

「はひ……」


 誘導され……っていうか連行されてる気持ちになるのはどうしてだろうか――って、俺が後ろめたいからだった!

 席に着くと、ブライアンがいつものようにおいしい紅茶を淹れてくれた。その間無言。つらい。本当に気まずすぎてつらい。

 気まずさを軽くしようと、紅茶に手を伸ばす。口に含めば、桃のようなふんわりとした甘い香りが俺を癒す。

 その紅茶からブライアンのささやかな気遣いが感じられて、嬉しさと申し訳なさで俺の感情がぐちゃぐちゃになりそうだった。


「申し開きを聞こうか」

「う…………」


 処刑の宣告を受けるような気持ちで小さく唸る。きっと、今の俺はとても惨めで情けない顔をしているだろう。

 でも、これは身から出た錆。これ以上逃げることはできない。俺はアルバートを見つめ返し、謝罪の言葉を口にしようとした。


「――と、言いたいところだが、言う意味がないからやめておくよ」

「へ……?」


 アルバートは唐突に笑顔になった。え、なになに? 何が起きてるんだ!?

 はくはくと口を動かす俺に、彼は穏やかな表情で結論を告げた。


「私はブライアンをパートナーにしようと思う」

「は…………はぁぁぁぁぁ!?」

「驚きすぎだ、ヒューイ」

「説明してやっから、落ち着いて黙ってろ」


 悲鳴を上げた俺に、アルバートとブライアンが「まあまあ落ち着けよ」とジェスチャーしてくる。いや、どうしてそんな普通にしてるんだ!?

 あの出来事の直前まで、俺を巡って揉めていたはずの彼らがすんなりと「俺たち結婚します!」になるのが意味不明だ。


「反応したのは、私の逆鱗だ」

「だから、俺には選択肢がないってわけだ」

「そういう言い方はどうかと思うが? とにかく、私のパートナーはブライアンで決まりだ。それで、腹を割って彼と話をしていたのだ」


 ど、どんな話を!? 俺は唾を飲み込んだ。アルバートは落ち着いた様子で、ブライアンは不満そうにしつつも普段通りの雰囲気だから、余計どんな話し合いがあったのか気になってしまう。


「我々がパートナーになると、良いことがたくさんあるということが分かった」

「……良いこと?」

「まず、一つめ」


 アルバートがすらりとした指を立てた。


「我々が組めば、弱点なしの王と王配になれる。これは国益を考える上で、非常に大切な要素だ。有事の際、信頼のおける人間が武のトップにいれば、私も安心して采配を振るうことができる」


 もちろん、そんなことにならぬようにするが。とつけ足した彼は紅茶を口に含んで唇を湿らせる。アルバートが国益を取る人間であることはじゅうぶん理解しているつもりだったが、ここまでとは。

 俺は理性的な彼に尊敬の目を向ける。


「二つめ。私はヒューイを大切に思っているし、愛しているが、君をパートナーに選んだ場合のパワーバランスの崩壊が恐ろしい。それに比べるとブライアンの方がましだと言える。ブライアンは派閥的にはヒューイと同じ王侯派だが、武人の一族で血縁は遠い」


 確かに、俺は公爵になる立場の人間だ。ガチガチの王侯派だ。商業的な活動をしているからそのイメージが和らぐか、と聞かれれば俺も首を傾げてしまう。結局貴族向けの商材ばかりを取り扱っているし、どちらかと言えば国交に寄与するタイプの商業的活動である。

 一部の支持は得られそうだが、やはり活動を考慮しても王侯派のイメージを払拭することは難しいだろう。


「三つ目。ヒューイの幸せを守る為の活動ができる」

「は……!?」


 唐突に路線変えてきたなっ!? すごく真面目な気分だったのに。俺の感動を返せ。


「ヒューイを愛する者同士が協力すれば、よりヒューイの幸せを守ることができるはずだ。そうは思わないか?」

「意味わかんねぇ」


 俺の雑な言葉に、心外だとでも言うかのようにムスッとするアルバート。いや、本当にそれ意味分かんないから。

 俺がアルバートの言葉が理解できていないと分かるなり、彼の隣に座っていたブライアンが口を開いた。良いコンビネーションですこと。


「自分のものにしたい気持ちはあるが、無理やりそうしてもヒューイは幸せにはなれないだろ? だから、俺たちはお前の幸せをサポートする役に回ることにしたってことだ」

「サポート……?」

「俺たちは、お前にじゅうぶん救われた。これからもこうして一緒に過ごせるのなら、お前の笑顔を見続けることができるのなら、それだけで良いんじゃないかと考えたわけだ」


 ブライアン、なんて良い奴なんだ。最近強引だからちょっと……とか思っててごめん。


「話し合いを始めた当初に『せっかく俺が、じわじわと囲いこもうと水面下で動いてたのに、邪魔しやがって』と言っていた口がよく言う」

「あっ、ヒューイにバラすなよ!」

「……」


 俺の感動を返せ、パートツー。何か、絶妙にしまらないな……この空間。

 覚悟を決めて――決まる前に開いたけど――この場にいるのに、拍子抜けというか、さっきから俺の強い罪悪感が宙ぶらりんになったまま話がどんどん進んでいた。

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