第2話 俺の隠れ家はショーンの足元
気持ちの整理が必要だったから、ショーンのいる図書館に逃げ込んだ。図書室でも良いのに、図書館なんだよな。男性棟と女性棟のそれぞれに併設されているあたり、無駄に規模がでかい。
蔵書の種類に差はあるのかな。どうなんだろう。
「ヒューイ、どうした? こそこそして」
「……しーっ」
不思議そうな顔をして首を傾げる彼に、人差し指で「しー」をする。前にも似たような感じで匿ってもらったことがあるからか、彼は得心したように小さく頷いてくれた。
彼が使っているテーブルに潜り込み、そのまま彼の足元に四つん這いで進む。ブラウンの磨かれたブーツに到達した俺は、ひょこっとそこから顔を出す。
「…………変質者か?」
「ちょっと……事情があるんだって」
確かに、足の間に顔を出すのはさすがにまずいと思って横からチャレンジしたけど、やってることはほとんど変わらない。でも、入り口から見える位置にはいたくない。
俺は絶妙な位置でショーンを見上げた。良くも悪くも他人に興味ありません、みたいなテンションを保つ彼のそばは安心できる。彼はぽん、と俺の頭を軽く撫でて、何もなかったかのように自分の作業に戻っていった。
ジェスローと違う意味の安心感。どう表現すれば良いんだろうか。俺は俺、お前はお前、別々の生き物だから別々に生きる。みたいな……。誰にも依存しない、さわやかな関係ってやつ?
俺がそんなことを考えている間も、ショーンは俺の存在を無視して自分のやりたいことに没頭している。俺が部屋に入った時に分厚い本を読んでいたから、きっとそれの続きを読んでいるんだろう。
ほんと、過干渉じゃないの、気が楽だ。追いかけてくるかもしれないユーゴ、アルバート、ブライアンの三人の内ユーゴは良いけど、残りの二人はもうちょっと待ってほしい。
いまだに心の中の整理がついていない。頭の整理も。どっちの逆鱗が光ったかによって、もう片方の進退が決まってしまうかもしれない。
アルバートの逆鱗が光ったのなら、ブライアンはもうアルバートのパートナーになることがほぼ確定って感じになるだろう。ブライアンの逆鱗だったなら、アルバートは彼を自分のパートナーにするまではいかなくても、何らかの決断を迫られるはずだ。
いずれにしろ、そのきっかけを意図せず作ってしまったのは俺だ。俺は俺で、何かの責任を取るべきだと分かっているが、どうすれば責任が取れるのかが分からない。
そんな風に頭の中でぐるぐると解決しないことを考えている内に、俺は眠ってしまっていた。
「んん……」
「……起きたか」
あー……、緊張感の欠片もないじゃん。俺はショーンの膝を枕にして眠りこけてしまっていたことに気づく。全然考えもまとまってないし、ほんと俺ってば。
「ねぼすけさん。我らが王子様が探しにきていたぞ」
「はぇ……?」
やばい。やっぱり追いかけてきてた。
そっと頭に手が添えられる。俺は猫ちゃんか。そんなことを考えながら、寝ぼけた脳みそで俺はショーンへ感謝を口にしようとした――が、彼の方が早かった。
「今度は何をしでかしたんだ? アルバート王子がお前のことを“いたずらっ子”と呼んでいたぞ」
「あっ!!」
何が「あ」だよ! 反射的に吐き出されたそれは、明らかにやらかした人間の声じゃんか。慌てて立ち上がろうとして、添えられていたショーンの手に押し返されて失敗する。
「頭、ぶつけるって……」
「ごめん、ありがとう」
親切なショーン! このスマートさ、攻め様の時のショーンそのもの! 受けの時は小悪魔すぎて…………ドキドキして俺の身がもたなくなっちゃうから……攻め様の方で助かった。
俺はもう大丈夫だぞ、と押さえている手をぽんぽんと撫でた。
慎重に体を起こした俺は椅子に座る。
「――で? 何をした?」
「え?」
「私には言えないと、あの方は仰ったが」
ショーンの問いに、俺はどう答えるべきか悩んだ。詳しく説明するか? いや、でも……うぅん…………。
「……あれは、俺のせいじゃない」
「ん?」
とりあえず、俺は自分だけが悪くないのだと口にした。
「具体的には?」
ですよねー……。ざっくりと説明すれば良いか? 流れが分かれば、俺だけの責任じゃないって理解してくれるはず。
俺は完全中立を保とうとしつつも俺の味方でいてくれるショーンに、今回の顛末を話すことにした。
アルバートとブライアンがしつこかったこと、俺がふざけ半分を装って二人に「キスすれば?」と提案してしまったこと、そうしたら彼らが本当にキスしちゃって、あまつさえ逆鱗が反応してしまったこと。
俺の話に対して、ショーンはとても冷静だった。
「で? 反応したのは王子の逆鱗か? 護衛の逆鱗か?」
俺はその問いへの答えを持っていない。
「わ、分かんない……っ! 俺、びっくりして逃げちゃった……」
あの瞬間を思い出すだけで体が震えそうだった。あの光景を生み出した原因は俺だ。反応したものがどっちの逆鱗だとか関係なく、他者の人生を左右させるきっかけになってしまったという事実が俺の心に重くのしかかってくる。
「まぁ、がんばれ。とりあえず急いで王子に謝罪しつつ、状況を確認することだ」
「う……っ」
ショーンは俺が考えているよりも遥かに軽い口調で答えを出した。でも、それをするのが……こわいんだって。だから、逃げてしまったんじゃないか。
俺はそこまで言う勇気がなくて、ただ口元をもごもごとさせた。
「そうだな……素直になれるおまじないをしてあげようか」
「おまじない……?」
おまじないって何だ? 俺が小さく首を傾げると、そっと引き寄せられた。そして重なる唇と唇。はぁっ!?
ついこの前もユーゴにキスされたばっかりだってのに、俺はどうしてこうも隙だらけなんだ!?
「何すんだよ」
動揺はしてる。けど、ユーゴの時と違って少しだけ余裕があった。ショーンは、ただの友人に理由のないキスをするような奴じゃない。
平静を保って問えば、やっぱり俺の読み通り理由があった。
「何も起きなかっただろ?
私はお前のことを気に入っているが、キスをした程度で逆鱗が輝いたりはしない。つまり、その時に逆鱗が反応したのだとしたら、それはもう、自分の気持ちを受け入れるべき段階まで、相手のことを愛してしまっているということだ」
な、なるほど……? ショーンの解説が、オタクばりの早口で進んでいく。
「だから、お前の冗談じみた言葉が発端だったかもしれないが、いずれはそうなっていたのだから、気にするだけ無駄だ。だからさっさと話をしに行ってこい」
「う……」
覚悟が決められずにいる俺に、ショーンが微笑んだ。ちょっと嫌な予感がする。
「もう一度、逆鱗の件を確かめるか?」
「いいっ! 大丈夫! 行ってくる!!」
やられたっ! 反射的に立ち上がってしまった俺は、後悔しつつ図書館を出るのだった。
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