第5章 逆鱗パニック

第1話 異変、起きる。

 どうしようどうしようどうしよう!

 俺はガラにもなく動揺していた。いや、しょっちゅう動揺してるけど、そういうのとはまた種類が違う。やらかしたのだと理解した瞬間、俺はその場から逃げ出していた。


 告白まがいのあれから一週間。穏やかな生活は最初の数日だけだった。

 それ以降、示し合わせたかのようにアプローチし始めるアルバートとブライアンに、さすがの俺も辟易していた。だって、俺は二人と親友でいたいのに、アルバートは見守る路線だったはずなのにぐいぐいと、ブライアンは真綿で締めつけてくるみたいな感じにじわじわと攻め込んでくる。

 俺にだって、限界はある。二人がなぜか俺の目の前で揉め始めたりしたら、それも周囲の目のある場所でそんなことになったりしたら、パニックになっておかしなことを口走ってしまっても仕方ない……って言い訳したい。

 逃げちゃったから、それもできないんだけど。


「何で? どうしてそんな風になった??」


 俺は必死で廊下を駆け抜けながら、その時のことを振り返った。




 目の前で、いつもの光景になりかけているやりとりが行われていた。いつの間に、アルバートは路線転換したんだろう。めっちゃブライアンとバッチバチしてるんだが? どこでそうなった!?

 俺の隣では、ゆるい笑みを浮かべてユーゴが二人のやり取りを見守っている。当事者じゃないからって、そんな「うんうん、元気だねぇ」みたいな子供をみるような顔で見つめてないでくれよな。

 むしろこの二人の口論――っていって良いのか分かんないけど――を止めてくれよ。


「どうだ? ヒューイ。君は誰と一緒になるのが幸せになれそうだと思う?」

「アル、ヒューイは俺と一緒になるのが幸せに決まっているだろう。認めてくれるのか? ありがとな」


 日常会話みたいなアルバートのおせっかいオバサンみたいなセリフに、ブライアンが突っかかっていく。こうなると、もう駄目だ。


「いや、ブライアン。君はちょっと……ヒューイには……君に任せるくらいなら、私が彼を引き取るよ」

「おいおい、王子様……そういう無責任な発言はよくないぜ」


 アルバート、俺には自分のアピールをそんなにしてこないくせに、ブライアンが口説いてくると便乗して話がこじれていくぅ! 俺には割り込む勇気がなかったし、二人も俺に割り込ませるような雰囲気……っていうか、そういう隙を与えてくれない。


「無責任? 私は一度たりとも、誰かに恥じるような行いはしていないし、全てに責任をもって動いている。ブライアンとは違ってな」

「あ? 俺が無責任みたいな言い方するじゃねぇか」

「ほら、口調もすぐに荒くなる」

「ちっ……」


 ちょっと空気が悪くなってきた。上に立つ人間が視線のある中でやっちゃいけないだろ。むしろ、二人だけの時にやってほしい。特に今日は一段とひどい。周囲のことも考えてやれよ。

 いっそ、俺のことで揉めてないで二人がくっついた方が良いんじゃないか? とか、そんなふざけた考えまで生まれてくる。


「ヒューイ、どう思う? ブライアンを選ぶのか?」


 ちょっと、ごめん。無理。俺は我慢の限界だった。その、ちょっと期待を含んだ視線だとか、俺を選ぶに決まっているだろうという顔をしながら、緊張が滲む視線だとか、俺だって、そういうの気づくことだってあるんだぞ。

 なるべく鈍感に過ごしていようと思ってるけど、ここまであからさまにやられると、耐えきれない。


「そんなにブライアンブライアン言うなら、アルはブライアンとキスすれば良いだろ? 俺を巻き込まないでくれよな」


 ほんと、二人だけでやってくれ! ふざけ交じりに聞こえるように、努めて笑顔で言った。これでこの場の雰囲気がおふざけモード、談笑モードになれば良い。そんな考えではあったんだけど。


「ヒューイが見たいなら、そうしよう」

「はぇ……?」


 アルバートはそう言って無感動に頷くと、そのままブライアンの頭をがしりと固定してキスをした。


「はっ、はああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 俺、何を見せられてるんだ? は、えぇ? うそ。えっ、ええ?

 ブライアンが目を見張って固まっている。アルバートはそんな彼に向けて、触れるようなキスを数回。


「ヒューイの要望だ。ほら、口を開けなさい」


 とか言ってブライアンに命令してそのままディープキッス……生の、生の…………。うわ、破壊力、破壊力がやばい……え、俺、どんな顔をすればいい……?

 レピペタメインの攻略対象キャラと、その次にメインな攻略対象キャラがキス。


「ヒューイ、大丈夫か?」


 こっそりと声をかけてくれたユーゴの袖を、きゅっと握る。


「大丈夫じゃ、ないかも……」

「返事ができるなら大丈夫」


 ここまでは、多分良かった。いや、良くないけど、まだましだった。ここからが大問題の始まり。濃厚なキスをしている内に、なんかブライアンに火が付いちゃったみたいで、ディープキスの戦いが始まった。

 いや、本当にここ、ギャラリーがさ? 二人が揉め始めたのを皮切りに、変なことに巻き込まれたくないっていう危機管理バツグンの何人かが退室して人数が減ってた――もちろん俺的には加点だから、アルバートのパートナー候補にするつもり――けどさ? よくそんな、濃厚なもんを……。


 まあ、ここまでも……許容範囲だった。眼福かもなって思うくらいには、俺にも少し余裕があった。

 問題が起きたのは、この直後だ。室内にまばゆい光が広がった。突然すぎるそれに目を焼かれながら、俺はそっと目を開く。

 目の前の二人は、キスをやめて呆然と互いを見つめている。

 何が起きたのか、察してしまった。二人の内のどちらかの逆鱗が反応したんだ。逆鱗の反応の仕方は人それぞれだって聞いていたし、そういう人がいるのも知っていた。


 でもさ、唐突にこんなことが起きるとか、全然思わないじゃん? いわゆる“俺の方が上だ”みたいなマウントキスの最中に逆鱗が反応するとか、どういう状況だよ!?

 アルバートの逆鱗だったらどうしよう。でも、ブライアンの逆鱗でもちょっとヤバい。俺の軽い気持ちっていうか、投げやりな言葉が引き起こした強烈なアクシデントに、どうすれば良いのか分からなかった。


 ゆっくりと俺の方にアルバートとブライアンの顔が向けられる。二人の視線を直接浴びる覚悟はなかった。


「お……俺……そういう、つもりじゃ……っ」

「あ、ヒューゴ!」


 俺は逃げた。俺の背中にユーゴの声が投げられるのを感じたけど、耐えきれなくて、そのまま廊下を走った。

 やっぱりあれは、俺も悪かったとは思うけど、事故だとも言える。素直に謝って、それから二人に――駄目だ、伝えるべき言葉が見つからない。もうちょっとだけ時間が欲しかった。

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