第3話 一難去ってまた一難……ですよね! 知ってた!

 アルバートの件があったから、何となくそうじゃないかなぁとは思ってた。うん。そうだよな。こうなるよな。頼る相手を間違えてしまったことを、俺は今更ながらに後悔していた。

 うん、まあそうだよな。後悔ってそういうもんだしな。




 俺はアルバートから無事に逃げおおせたわけだけど、ちょうどそんな時にブライアンを見かけた。とにかく話を聞いてもらいたくて、つまり誰かに愚痴のようなものを吐き出したかっただけなんだけど、俺はブライアンにウザ絡みすることにした。


「ブライアン! 聞いてくれ!」

「……言うと思った」


 小さく微笑む彼に招かれ、俺はブライアンの自室にお邪魔する。ブライアンの部屋に行くといいことがある。それは、絶品の紅茶だ。紅茶ってえぐみがあったりして俺は苦手なんだけど、ブライアンが紅茶を淹れるとあら不思議。まろやかな味の紅茶が生まれるのだ。

 まあ、ジェスローの方が上手なんだけど。

 でもジェスローは見た目から高貴な感じがするから、意外性はないだろ? でもアルバートは意外性バツグンだ。燃えるような赤い髪にオレンジ色の目。明らかに戦う男って感じのカラーリングだしな。オシャレっぽさといえば、願掛けだとか言ってウルフカット風にして三つ編みしてるところくらいじゃないか?

 願掛けって言ってる時点でオシャレじゃないけどな!


 いつも通りのクオリティで紅茶が出てくる。今日はリンゴの香りがする。爽やかで良いな。まずは香りを楽しんで、それから口をつける。


「……相変わらず、うまい……ジェスの次に」

「アレはまたレベルが違うだろう」

「まぁな!」


 俺のふざけた言葉にツッコミを入れてくるブライアンと笑い合う。あー……このまま現実逃避して笑っていたい。そんな俺の考えを見透かしたのか、ブライアンは強制的に話題を戻してくる。


「……で? 何があった」

「そうそう! 聞いてくれよ!」


 俺は彼の呼び水に応え、身を乗り出した。


「あるが、めちゃくちゃ意味深なことばっかり言ってくるんだ。もうさ、何度もデコをぐりぐりしてくるし、唇は撫でてくるし……なに、お前まで何してんの!?」


 テーブル越しに額が撫でられた。頭じゃないのかよ! 何となく肩透かしを食らった気がしていると、不意打ちを食らった。


「……お前、やっぱり俺のものにならないか?」

「どうしてそうなる!?」


 ブライアンって、対抗意識燃やしすぎじゃないか? 誰かが俺にちょっかい出すと、自分もやりたくなっちゃう的な感じか? 意味分かんないぞ。 俺がなんやかんや考えている内に、ブライアンのプレゼンが始まった。


「魅力的だけど、なんかちょっと違うよな!?」


 あ、思わずツッコミ入れちゃった。このまま収集がつかなくなるのも困るし、俺はお話終了に向かわせることにする。


「あ、さては俺のこと、からかってるな……?」


 普段だったら、これでブライアンは引いてくれる。「バレたか」とか言って笑って、俺のことを解放してくれるんだ。でも、今回はちょっと違うらしい。

 ブライアンは余裕そうな笑みを俺に向けてくる。


「半々だな。実行したい気持ちはあるが、それをやってしまったらお前の心が離れていってしまう」

「…………よくお分かりで」


 えっと、そのっていうやつは“どういう意味の心”ですかね。アルバートと同じ方向のものだったらとても困る。さすがに遼一の読みをコンプリートしたくない。

 適切な距離を取ろうという作戦どころか、対象者が距離を詰めてくるとか、想定外過ぎてどうすれば良いんだ。とりあえず、俺は笑顔を作ろうとして――失敗した。


「それなりに長く一緒にいるからな、当たり前だ。それに、俺はお前の全部がほしい。急いては事を仕損じるってやつだ」

「は? 全部!?」

「ああ。全部」

「えっ、俺主人公のフラグ代わりに踏んだ!?」


 待って! 本当に待って! どういうことだよ!?

 ブライアンルートを思い浮かべる。変数振られてる要素って何だったかな。えっと、父親の七光り的な目で見ないとか、騎士団長みたいになるの楽しみ、とか言わない、他人行儀にしすぎないとか、か。最初の一つは普通に人にしちゃだめだから俺はしなかったけど、まさかな。

 そんなことより否定する方が先。


「いやいや、全然イベント起きてないからっ! イベントが起きなすぎて不安になってるくらいだからっ!」

「……よく分からないことばかり言っていると、塞ぐぞ?」

「ひぃっ!」


 低音で囁かれ、俺は慌てて口を塞ぐ。声がひっくり返った。あまりに情けない悲鳴に、我ながら恥ずかしくなる。

 さっきから百面相してるよ絶対。


「ヒューイ、お前は……本当にヒューイだな」


 それってどういう意味だ。悪い意味じゃないことくらいは分かる。でも、ブライアンの視線が怖い。これマジな奴だ。だって、小さく笑ってるけど目が真剣だ。

 ブライアンは俺を眩しそうに見つめていた。俺の何が彼にそうさせるのか分からない。


「本当、お前……そのままでいいから、俺のものになれよ」


 本気だ。今まではふざけて言っていたのかもしれないけど、ブライアンのこれは違う。でも、俺はそれに応える気持ちはない。俺にとって、ブライアンは頼りがいのある兄みたいな友人で。好きだけど、恋愛的な意味じゃない。

 すぱっと「嫌だ」って言ってしまえば良い。「やだよ! 俺は俺だもんね!」みたいに軽い感じで言えば、お互いにふざけてる感じで終わらせられる気がする。

 それなのに、俺の口から吐き出されたのはオタク言葉だった。


「お、俺は…………なら良いけど、とかはちょっと……解釈違いでぇ…………へへ…………」

「なんだその暗号?」

「いえなんでもないです」


 あー! どうして! そんな、中途半端っていうか意味の通じない発言しちゃうかなあ!? 不思議そうな顔をするブライアンに、俺はへらりと笑った。

 ゆっくりと立ち上がったブライアンは、俺の横に腰掛けて頭を撫でてきた。え、なでなでリターン?


「困った時には俺に声をかけろよ。例え、その困り事の原因がアルバートだったとしても、守ってやる」

「ブライアン……」

「俺のものになるかどうかは別として、守ってやる。それが俺なりの誠意の見せ方だ」


 あ、これ……俺が主人公ユーゴだったらキュンってする場面だ。ほぼ反射的に俺の頬に熱が集まった。


「俺の真剣な気持ちだけ、理解しておいてくれ」

「…………お、おう」


 これ、どんな顔すれば良いのぉ!? 俺はドキドキとしながら相槌を打つ。そんな俺に、ブライアンは優しく頷き返したのだった。

 その余裕は何なんだよー!!

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