第4話 俺とあいつとお前の話(ブライアンSide)

 ヒューイは面白い男だ。時々独創的な表現をしたり、一人で楽しそうに騒いでいる。それが、顔を真っ赤にして悔しそうな顔で歩いている。

 ひと目で、彼の意にそぐわないことが起きたと分かった。

 通路の奥を歩くアルバートの背中がセットで見えれば、何となく想像はつく。アルバートがヒューイにちょっかいを出したのだろう。


「……ずいぶんと不服そうだな」

「ブライアン!」


 愚痴れる相手がやってきた、とでも言わんばかりの顔で俺の方に向かって全力疾走してきた彼は、爛々とした目を向けてくる。


「聞いてくれ!」

「……言うと思った」


 落ち着いて話ができる場所が必要だと感じた俺は、自室へ案内する。テーブルに飲み物を用意して長椅子で向かい合わせに座れば、相談室の完成である。

 次期王であるアルバートの護衛兼側近として過ごしている俺は、自分で言うのもなんだが完璧な茶を淹れることができる。下手な侍女よりもよほどうまい。ヒューイはそれを口に運んで人心地ついていた。


「……相変わらず、うまい……ジェスの次に」

「アレはまたレベルが違うだろう」

「まぁな! ジェスは色々極めすぎててわけわかんない」

「……確かに」


 ケラケラと笑うヒューイは楽しそうだが、さすがにこれが本題というわけではないだろう。俺はそっと軌道修正にかかる。


「……で? 何があった」

「そうそう! 聞いてくれよ!」


 既にそこまでは聞いている。俺は喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。


「アルが、めちゃくちゃ意味深なことばっかり言ってくるんだ」

「意味深じゃなくて、本音だと思うが」


 俺の突っ込みなど無視し、彼は語り続ける。可愛い態度だから、つい許してしまう。このまま部屋に閉じ込めてしまうのはどうだろうか、と悪い考えまで浮かぶ。


「もうさ、何度もデコをぐりぐりしてくるし、唇は撫でてくるし……なに、お前まで何してんの!?」


 テーブルの向かい側にいるヒューイに手を伸ばし、彼の額を撫でる。ぎゃあぎゃあ言いつつも、ヒューイが逃げる気配はない。きっとアルバート相手にもそうだったのだろう。

 俺を含む幼なじみに対して絶対の信頼を向けてくるこの男がこれ以上誰かを魅了する前に、誰かに気を許す前に、囲いこんでしまいたい。


「……お前、やっぱり俺のものにならないか?」

「どうしてそうなる!?」


 気持ち悪いことを言うなと一蹴してこの部屋から立ち去ることだってできるのに、ヒューイはそれをしない。優しさなのか、俺への好意なのか、はたまた別の思惑なのか、全く分からないが、捕食されるリスクについて何も考えていないことだけは分かる。


「そうしたら、のんびり過ごせるぞ。ずっとこの部屋で、誰にも邪魔されず、変なこともされずに生活ができる。もちろん、俺の特製紅茶つきだ」

「魅力的だけど、なんかちょっと違うよな!?」


 すかさず突っ込んでくるのが小動物のようで可愛らしい。俺は思わず小さく笑ってしまう。


「あ、さては俺のこと、からかってるな……?」


 ヒューイのおふざけに付き合ってやっても良いが、アルバートが動き出したのならば負けてはいられない。あれだけヒューイの気持ちを優先する姿勢でいた男が、重い腰を上げたのだ。

 きっと、ヒューイが最近仲良くし始めたユーゴに掠め取られてしまいそうだと考えたのだろう。全員が手を出さずにいたヒューイ。大切に三人で守ってきたヒューイ。

 誰かが動くのならば、俺も動く。だが、俺はアルバートよりも上手く立ち回ってみせる。


「半々だな。実行したい気持ちはあるが、それをやってしまったらお前の心が離れていってしまう」

「…………よくお分かりで」


 ヒューイが顔を少し青ざめながらぎこちなく笑う。いったいこいつは何を想像したのだろうか。吐かせてみたいが、それはまたいつか。

 今日のところは、甘やかしてやる。じわりと侵食して、俺の存在でいっぱいにしてやるつもりだ。


「それなりに長く一緒にいるからな、当たり前だ。それに、俺はお前の全部がほしい。急いては事を仕損じるってやつだ」

「は? 全部!?」

「ああ。全部」

「えっ、俺主人公のフラグ代わりに踏んだ!?」


 ぎゃあぎゃあと訳の分からないことをぶつぶつと言いながらヒューイが騒いでいる。賑やかな男だ。俺は面白いなと思いながら彼の百面相を楽しむ。


「いやいや、全然イベント起きてないからっ! イベントが起きなすぎて不安になってるくらいだからっ!」

「……よく分からないことばかり言っていると、塞ぐぞ?」

「ひぃっ!」


 声をひっくり返しながら口を押えた。本当に面白い。


「ヒューイ、お前は……本当にヒューイだな」


 この突き抜けた明るさが、俺にはずいぶんと眩しく感じる。だが、俺はこの輝きが欲しい。俺には、この光が必要だ。

 父親が騎士団長だからと期待されてきた俺は、未来の騎士として期待の眼差しを向けてこなかったヒューイに、何度も助けられた。

 騎士となる以外の価値を感じさせてくれたのは彼だけだ。だから、俺も何か、ヒューイに俺がいてくれて良かったと心の底から感じてもらいたい。そして、あわよくば俺と同じ熱量の感情を返してもらいたい。


 俺は、欲張りだろうか?


「本当、お前……そのままでいいから、俺のものになれよ」

「お、俺は…………ユーブラなら良いけど、ヒューブラとかブラヒューはちょっと……解釈違いでぇ…………へへ…………」

「なんだその暗号?」

「いえなんでもないです」


 暗号のような何かをぶつぶつ唱えるヒューイは不気味ではあるが、そんな彼も可愛く見えてしまうのだから、俺はもう駄目だ。

 俺はあえてヒューイの横に腰掛け、彼の頭を撫でる。


「困った時には俺に声をかけろよ。例え、その困り事の原因がアルバートだったとしても、守ってやる」

「ブライアン……」


 俺の言葉をどういう風にヒューイは受け止めたのだろうか。いつもよりも瞬きの増えた目には、動揺が見え隠れしている。俺だってこの関係が崩れることは望んでいない。

 ヒューイがまだこのままでいたいと思うのなら、俺はそれに寄り添うだけだ。


「俺のものになるかどうかは別として、守ってやる。それが俺なりの誠意の見せ方だ」


 最大限、自信がありそうな笑みを作った。まだ未成年で騎士としても未熟な俺がどこまでできるか分からないが、可能な限りヒューイを守る。

 たとえ、ヒューイが俺を見てくれなくても、同じ思いを返してくれなくても、俺の気持ちが変わることはないのだ。アルバートには忠誠を、ヒューイには心を捧げたい。


「俺の真剣な気持ちだけ、理解しておいてくれ」

「…………お、おう」


 ぽっと頬を赤くし、瞬きするヒューイが恥じらう乙女のように見える。俺はむずむずとする気持ちに無理やり蓋をして、無言で頷くのだった。

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