第2話 私と可愛いはとこの話(アルバートSide)
私には可愛いはとこがいる。名前はヒューイ、ジャーヴィス公爵家の嫡男だ。次期国王となる私とはレベルは違うが、彼もまた、いずれは人の上に立つようになる立場の人間だ。だから、というわけでも、たまたま同じ年に生まれたからというわけでもなく、ただ親戚だからという理由で幼少期を共に過ごした。
ヒューイは私に似た顔立ちをしている。が、細部を見れば全く違う。
混じり気のない金髪の私とは違い、ヒューイの髪の色は少し桃色がかっている。甘ったるさを加えたその髪色が、私は好きだ。私の星空のような目と違って、パープルサファイアのような美しい色に桃色がかった虹彩をしているその目が、私は好きだ。
にかっと笑う顔は子供っぽさが残っているし、ノリを含めて言動全てが子供っぽい。時々、これが次期公爵かと思うと不安になるが、そんなところも含めて私は好きだ。
女性らしさがあるかと聞かれれば、ない。しかし、逆鱗を持つ私には――それはヒューイも同じなのだが――性別は関係ない。
恋愛感情があるかと聞かれると、少し困る。なぜなら、私の逆鱗がまだ目覚めていないからだ。逆鱗が目覚めるまで、そういう気持ちが育ちにくいのが通説。かく言う私も、そういう他者への欲求が芽生えていなかった。
そういえば、ヒューイもまだ目覚めていなかったな。逆鱗の目覚めは、俺の方が先が良い。
まだ、彼には純真でいてほしい気持ちがある。逆鱗がなくとも恋愛はできるらしい。だが、恋愛というものを知らずに過ごしている無邪気な彼が可愛いから、それをもうしばらく見ていたいだけだ。
逆鱗がきっかけで誰かに恋をされたら……私はショックを覚えてしまうだろう。いや、独りよがりの考えはいけないな。もし、万が一、そうなったとしても、私が信用できる相手が良い。そうでなければ、私はきっと納得できないだろうが。
いずれ、私は王になる。立場上、次期公爵であるヒューイと結ばれるのは難しいことを理解している。恋情へと変わりそうなこの気持ちを手放せず、温め続けている自分を情けないと思いこそすれ、彼から何か感情を返してほしいとは思っていない。
「……と、格好つけていた自分がいたわけなのだが」
「ひゃい……」
私の独白を聞かされていたヒューイが、顔を真っ赤にさせている。ふむ。相変わらず可愛いな。
「……どうして、ユーゴとそんなに仲良くしているんだい?」
「え……ユーゴは、友達……だか……ら……?」
少し考えるようにして答えたヒューイの額に己の額をぐり、と押しつける。
「……私は、君の何だ?」
「……はとこ」
「それだけかい?」
「し、親友……」
困ったような顔をしているのが、無性に私の心をくすぐってくる。
「私が、今、どういう気持ちで君を見つめているか……分からないのだろう?」
「……意味深すぎるぅ!」
「なるほど、ここまですればさすがにそうなるか」
「ひぃ、キラキラするな! 俺とのそれは解釈違いなんだよぉ……!」
ふざけているのか、と聞きたくなるようなテンションの彼だが、その顔は真っ赤なままだ。恥ずかしさを紛らわそうと頑張っているようだ。
解釈違い、が何を示すのか分からないが、普段からヒューイはよく分からないことを言う人間だから、これも特に意味のない言葉なのかもしれない。
深く考えるだけ無駄というものだ。
「……逆鱗は反応していないが、今一番好きなのはヒューイだよ。覚えておいて」
「ひぇ……」
可愛いな。私は目の前にいる、ほとんど身長が同じ男をじっと見つめた。額を合わせるのも苦ではなく、そうしやすいように互いが作られたかのような錯覚を起こしてしまいそうだ。
覚醒したばかりの私の逆鱗はまだ誰にも反応を示さないが、いずれ王となる私の逆鱗だから慎重なのだろう。と、思う。
ヒューイに反応して彼をより高い所へ引っ張り出すか、今のポジションを維持して彼を守るか、悩ましいのだろう。少なくとも私は、彼を伴侶にしたい気持ちとしたくない気持ちが半々だ。
彼の顔を曇らせるような問題に巻き込みたくない、というのが一番の理由である。そうそう大きな問題など発生しないが、もしそうなった時に、きっと私は彼を伴侶としたことを後悔する。
「……私は、ヒューイが幸せになれるのならば、どんな立ち位置でも受け入れるよ」
「アル……」
告白まがいの言葉を送っておきながら、とでも思っているのだろう。ずるいなと、私も思う。逃げ道を作る優しさの裏で、自分自身を守っているのだから。
「俺、何かした……?」
「幼い頃、誰かの上に立つということについて悩んでいた時、君が助言してくれたのだよ」
ヒューイがくれた言葉は、今でも私の励ましになっている。そして、今の自分の土台にもなっている。ヒューイは、彼自身が思っているよりも、遥かに私の力になってくれているのだ。
「うー……俺、本当に大したことしてないよ……?」
頬を染めたまま、困惑顔で唸るヒューイは、きっと本気で思い当たる節がないと思っているのだろう。私の生き方の指針になっている自覚のない彼が、愛おしい。
私はそっとヒューイの頬を撫でる。指の腹で感じる肌はみずみずしく、思わずすり寄りたくなる。再び私は彼と額を重ねた。
嫌がる様子を見せないから、調子に乗ってしまう。これは悪いことだ、と思いながらもゆっくりと彼の唇を親指でなぞった。
「んん……アル?」
「君は、このまま幸せに過ごしておくれ。私の願いはそれだけだ」
「……はは、無欲だなぁー」
のほほんと笑う彼は、この距離に緊張感を抱かないのだろうか。ここまで信用してくれていることに嬉しさを感じると同時に、自分の気持ちが彼に届いていないことが分かって残念な気持ちになった。
柔らかな色味の髪を揺らし、くすくすと笑うヒューイがちょっとだけ憎らしい。
「……個人的な欲に支配されるようでは、王の資格はないからね。制御しているんだ」
私を見てくれと叫ぶのは簡単だ。しかし、私には彼以上に優先すべきことが多い。そのことを考えてしまうと、何も言えなくなってしまう。
「たまには、俺に吐き出してもいいぞ……あ、でも親友としてだから! 親友として!」
先手を打ってきた彼に、私は笑う。
「それは残念」
「お前なぁー!?」
これでいい。今は、これで。ヒューイとじゃれあう時間があるだけで、満足しておこう。私は思いっきり彼の髪をぐしゃぐしゃにしてやりながら笑うのだった。
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