第3話 愛されキャラのヒューイ、ユーゴと企てる

 愛されキャラって言われても実感が湧かない。だって、そういう感じしてないもん。


「いやいや、全然普通だぞ?」

「普通じゃないと思うが……かなり執着されてるだろ。俺には分かる」


 俺には分かるって……んな馬鹿な。俺が半眼すると、逆にムッとされた。うぅん、遼一の表情だけど顔面はユーゴだから、なんか複雑な気分。

 チョコレート色の髪に爽やかな夏空を思わせる目、穏やかそうな印象の目元にすらっとした唇。

 ユーゴは控えめながら、ちょっと魅力的なバランスの顔立ちだ。物語のタイプにもよるんだろうけど、レピペタの主人公は受け攻めどっちにでもなれるからイケメンにしすぎないようにキャラデザされている。

 この絶妙なバランス、良いよな。本当にキャラデザしてくれるイラストレーターさん、神!


 とはいえ、そんな顔で見つめられると前世の遼一の顔が浮か――ばないな? 表情を見れば遼一だって分かるのに、元々の顔立ちが曖昧になっていた。俺はきっと、完全にこの世界の住人になってしまったんだろう。

 寂しい気持ちを覚えながら、その見覚えのある表情を見つめていると、ふいにそれが崩れた。


「高臣がそう言うなら、そういうことにしておいてやる。でも、気をつけろよ」

「全然そういうことにしてくれてないじゃんか」

「まあな! 俺はお前に悲しい気持ちになってほしくないからさ。一応、念の為」


 何が念の為、だ。でも、まぁ……遼一の言う通りだったとして、この前みたいな揉め事が起きているのなら、気をつけるに越したことはない。乱闘騒ぎは危険だしな。

 一応、俺はお貴族様だからひと通り嗜んでいる。ははは、何も知らない一般市民程度なら、ちゃんと制圧できるぜ。元々ヒューイというキャラ設定にも書かれているしな。

 でも、アルバートたちの方が強かったりするんだよな。さすがはメイン攻略対象キャラたち。俺よりジェスローの方が強いのは、ちょっと納得いかない気がする。あ、でもショーンよりは強いから、いっか。


「暴力沙汰は嫌だなぁ……」

「…………うん、そういうことにしておいて」

「そういうこと?」

「いや、なんでもないよ。高臣」


 うーん、シャッター下ろされた気分。小さな笑みに、変な表情をやめた彼に、俺はなんとなくモヤっとするのだった。


「それはそうとして、ヒューイに夢中な彼らをどうやって別の人間に目を向けさせるかって話になってくるが、何か策はあるのか?」

「策……」


 仕切り直し、と言わんばかりに話題を戻してきた遼一に、俺は口をまごつかせた。だって、思いつかないから相談しようと決意したんだもん。

 いつまで経っても答えを言わない俺に、ようやく遼一は覚ったらしい。長いため息を吐いた。


「まずは、の独り立ち」

「へ!?」


 ヒューイの、独り立ち? ぽかんとした俺に、遼一が説明を開始する。あー……俺が煮詰まってる時に助けてくれる、いつものアレだ。

 背景にホワイトボードがうっすらと見える気がする。


「現状から考えるに……。アルバート含め、攻略対象キャラたちが他の人間へ目を向けるようにする為には、ヒューイへの感情を整理させることが必須だ」

「レピペタ本編だと、そういうのないよな?」

「ない。それは、ブロマンス世界くらいの距離感で彼らが満足していたからだ。でも、ここにいるは違う」


 彼らは違う。遼一はそう言ったが、やっぱりピンと来ない。さっきから、別の世界の話をされているような気持ちになる。

 これ、俺の認知バイアス的なやつかなぁ。彼らと一緒に過ごしているからこそ、分からなくなってしまっているだけなのかもしれない。ただ、その逆っていうパターンも有り得るし、結果が出ないとちょっと何とも言い難い。

 いやでも結果が出るのは怖いかも。


「ヒューイ、彼らを増長させるなよ」


 思いの外真剣な表情を向けられ、俺は思わず唾を飲み込んだ。

 鮮やかな青が俺を射抜く。


「今まで、俺のアドバイスが外れたこと、あるか?」

「……ない、かも?」


 そうなんだよ。遼一のアドバイスは的確すぎて、思い出せた前世の記憶の中ではハズレなしだ。だからこそ、信憑性がマシマシで俺が不安になるのだ。全員からそういう気持ちを向けられているとか、ヤバすぎだろ。

 あの中の誰かとそういう関係になる気はないし、なれる気がしていないってのにさ。


「まずは、俺だけじゃなくて他のやつとも仲良くなれ。そして、少しずつ彼らと距離を取れ。離別するって意味じゃないぞ。適切な友人関係になるだけだ」

「お、おう……」


 俺にできるだろうか。割とコミュ障な俺は、相手の状況問わずに自分からひたすらグイグイしちゃうか、相手が柔軟に動いてくれないとコミュニケーションが成立しない。

 一方的に話し続けたら迷惑なのは分かってるけど、いざ“会話”をしようと思うと言葉が浮かばなくなっちゃうんだ。


「なぁ……俺に、それができると思うか?」

「…………」


 俺の理解者である遼一なら分かるはずだ。簡単そうなこれが、意外と難しいってことが。俺がコミュ強に見えるのは、攻略対象キャラたちが俺に話しかけてくれるからだし、一方的に話し続けてもちゃんと反応してくれるからだ。

 周囲からすれば、それはちゃんとコミュニケーション取れているように見えるかもしれないけど、実際は彼らの努力によって成り立っている。

 つまり、自分からアプローチしなければならないこの作戦……かなり難しい!


「――そうだな、俺と仲良くしよう。それで、俺と一緒に交友を広げていこうか」

「ですよね!!!」

「…………意外と手がかかるよな、お前」


 あきれたように小さく笑う遼一に、俺はニカッと笑いかけた。


「はいはい、降参降参。手間がかかるほど可愛く見えるもんだしな。仕方ない」


 あ、いつもの遼一だ。彼は困ったように、でも嬉しそうに笑う。俺の前ではそんな笑い方がデフォだった。

 懐かしい表情に、俺は過去の時間が戻ってきたような気がした。


「遼一、この部屋を出たら……ヒューイとユーゴになっちゃうんだよな?」

「もちろんそうだが」

「また、こういう時間を作ってもらってもいいか? あと、ちゃんと作戦会議もしたい!」


 ガタッとテーブルを揺らして立ち上がった俺を、目を丸くして見つめた遼一だったけど、彼はすぐに吹き出した。いや、失礼だろそれ。

 静かだったはずの室内に、遼一の笑い声が響く。どうしてそんなに笑うんだ?


「お願いされなくても、やってやるよそれくらい」

「それくらい!?」


 なんて失礼なやつだ。俺はそう叫ぼうとしたけど、遼一の方が早かった。


「だって、俺たちは前世からの友人なんだから。お願いとか約束がなくたって、一緒にいるに決まってる」


 そう言われたら俺は何も言えなくなっちゃうじゃん。俺がそう言えば、彼はまたいつもみたいに笑った。遼一ってずるい。

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