第2話 僕と彼の優雅な関係(ジェスローSide)

 僕はヒューイが好きだ。友人として、人として、彼を愛している。


「僕のところでぐったりするの、そろそろやめないか?」

「えぇー……?」


 今、ヒューイは僕のベッドを占領している。どうやら、困ったことが連続して起きたらしい。可哀想に。バタバタと足をばたつかせ、僕の枕に顔を押しつけている姿は滑稽だが、まぁ悪くはない。

 それだけ、僕のことを信頼してくれている証なのだろうから。


「僕だって、そろそろ眠りたい。だいたい、どうしてこんな時間までいるのさ」


 僕は既に寝る準備を終えている。ベッドのふちに手をかけると、ヒューイはすうっと横に移動した。まだこの場から離れるつもりはない、ということか。

 同性とはいえ、共に逆鱗を持つ者である。何かが起きてしまうかもしれないとは思わないのだろうか。逆鱗が本当の意味で人体に影響を及ぼす条件はあるものの、それがいつ起きるかは本人の感情次第だ。

 ハプニングが起きている時に、それが起きないとは限らないというのに。


「ジェス、俺の癒し……」

「……僕、癒しって周囲から言われたことがないのだけれど?」


 いったい、どういう感覚をしているのだろうか。僕へ対する周囲の評価は、優秀だが性格に難アリといったところである。友人たちを守る為にそういう性格に見せていたが、今では自分と同化してしまっている。つまり、僕は自他ともに“性格に難アリ”と認識しているということだ。


「君が僕のことを癒しだと言うのなら、そんな存在でいられるように努力しよう」

「へへ……ジェスは本当に良い子だよなぁ……」

「は……っ、持ち上げようとしたって、僕はなびかない。もう、君への感情は振り切っているから……なびこうがない」

「ストレート!」


 頬を赤らめつつ、きゃっきゃと笑うヒューイ。可愛くて食べてしまいたくなる。僕の大切な小鳥。彼の顔を曇らせる存在は、全て消し去ってしまいたい。

 実際、何割かは実行できたし、これからもそうやって彼を守って大切にしていくつもりだ。


「困ったら、僕のところへおいで。僕がヒューイの宿り木になってあげるよ」

「ジェス……」


 僕はそっと彼の乱れた髪を直しながら、言葉を紡ぐ。


「どんな状況でも、僕が君を守ってあげる。邪魔者は排除してあげる。君を困らせる全てを、葬ってあげるから」

「最後怖いぞ! またヤンデレになってんじゃん!」

「ふふ……」


 僕はヤンデレという言葉が何を示すのか知らないけれど、彼の独創的な言葉の音が好きだから笑ってしまった。


「笑ってる場合じゃないぞ、ジェス!」

「こうして、二人っきりの世界が続けば良いのになぁ。いっそ、二人で世界を壊してみる? 君が望むのなら、やってあげるよ」

「結構です! 遠慮します!」

「そう言う君が好きだよ。僕だって、君の大切な友人や僕が崇めるアルの国が壊れていく姿は、なるべく見たくないし……」


 ――しかし。ヒューイがそれを望むことがあれば、僕は躊躇いなく実行するだろう。僕の世界の中心はヒューイで、僕の尊敬はアルバートへ向いている。優先順位はヒューイの方が上だ。それに、アルバートだってヒューイを大切に思っているはずだ。だから、もしアルバートがヒューイの安寧を乱す相手になった場合は容赦せず排除するつもりだ。


「最後に戻ってくる場所は、僕のところだよ」

「ジェス?」

「僕は、絶対にヒューイの味方だ。君が道を外そうと、どんな姿になろうと、君を肯定するよ。僕だけは君の味方だってこと、忘れないで」


 ヒューイの目に小さな動揺が見える。


「ヒューイが誰かを殺したくなったとしても、僕はその気持ちを尊重する。手伝いが必要なら手伝うし、一人で成し遂げたいなら見守る。手を汚したくないのなら、代わりに僕がやっても良い」

「ちょっと、それはやりすぎじゃ」


 怯えさせてしまったようだ。ヒューイが眉尻を下げるのを見て、反省する。


「ああ、そうだね。でも、これくらい極端な例を出した方が分かりやすいかと思って」

「あ、なるほど。極端な例ね!」


 あからさまにほっとした顔をするヒューイに、僕は笑みを向ける。さっきの発言は本気だ。だが、ヒューイがそれを望まないのなら、なかったことにするつもりである。

 ヒューイの意思を尊重する為ならば、僕の考えなんてどうでもいいことだから。


「ところでヒューイ」

「ん?」

「気分は落ち着いたか?」


 僕の問いに、ヒューイは「あ」と声を漏らした。忘れていたのか。僕との雑談が、彼の心の慰めになっていれば良い。


「そーなんだよ! もう、あの二人が……」

「…………あの二人?」


 そう言われて頭に浮かぶのは、アルバートとブライアンだ。僕は意図せずして冷たい声色になってしまった。


「そう。アルとブライアン。なんか、突然俺のこと好きだってアピールし始めてさ……何なんだろ、もう」


 アピールだと? 聞き捨てならない単語が聞こえ、僕はきゅっと歯に力を込めた。不用意に発言しないよう、己を制御する。


「アルは、自分の気持ちを伝えてきたと思ったら一歩引くし、ブライアンは俺が守ってやるとか言いながら俺のものになれとか言ってくるし!」

「へぇ…………?」


 二人とも、何をしてくれているのか。ヒューイが眉間に皺を寄せながらぶつくさと文句を言うさまを見ながら、そんな感想を抱く。

 ヒューイの安寧を守るべく、協力し合っているつもりだった。だが、それは本当に“つもり”だったようだ。彼の心にさざ波を立てた二人に、どう制裁するか。ヒューイが綴る不満の声を聞きながら、僕は算段し始める。

 ヒューイにそれと知られぬように動くのが良いだろう。今回は二人が反省し、今までの過ごし方に戻るよう仕向けるだけでじゅうぶんだ。


「もうさ、あいつら何がしたいんだか分かんないんだよ。俺は、主人公との絡みが見たいのであって、そうじゃないんだよ」


 ヒューイが指す主人公が誰なのか分からないし、分かったところで何を言いたいのか理解できないだろう。しかし、彼があの二人と恋愛的な意味で関係を深めたいとは思っていないということだけは分かる。


「大丈夫。二人とも混乱しているだけだから。きっと、ヒューイの交友関係が広がったから、寂しくなったのだろうな」

「少し違う気がするけど……」

「とりあえず、今日は眠ろうか」

「うん。そうする」


 ひと通り吐き出して満足したのだろう。目を閉じたヒューイから、寝息が聞こえるようになるまで時間はかからなかった。


 僕の愛しい人よ。健やかであれ。

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