第3話 俺とお前のボーイ・ミーツ・ボーイ(ユーゴSide)

 アルバートとブライアンの件で相談してきたヒューイには悪いことをした。俺は前世からの想い人に、告白した上で転生した原因が自分であると考えている件について白状した。唐突すぎて彼は困惑しただろうが、これには理由がある。


 まず、一つ目。ヒューイに対する攻略対象キャラたちのアプローチが始まったからだ。遅かれ早かれこうなることは想像ついていた。二つ目は、ヒューイ自身のどんくささに、攻略方法を変える必要性を強く感じたからだ。三つめは、前世で始まる前に終わってしまったことをなんとしても成し遂げたいという焦り。


 本当は、ゆっくりと彼と距離を詰めていきたかった。

 高臣の時から、他者からの感情にどんくさかった。彼は恋愛感情だけではなく、他者からのあらゆる感情に対して鈍感だった。だから、いつかは俺の気持ちを勢いよくぶつけなければならないと思い続けていた。

 それが、一歩早く動き出したアルバートたちの告白によって予定が崩されることになったのだ。


 だが、ある意味これはちょうど良い機会だったかもしれない。アルバートとブライアンからのアプローチは、ヒューイにそういう感覚を自覚させる良いスパイスになった。

 俺は分かっていた。どうせヒューイは誰に告白されたとしても、なびくわけがないってことを。伊達に前世から彼に執着していない。勝率だって計算しながら一緒に過ごしているくらいなのだから。


 告白して、困惑させすぎてしまった。俺の気持ちを知って、一緒にいた時間が長かったからだろう。泣かせてしまった。ぽろりと零れたそのひと雫を見た時、俺は本当に罪なことをしているなと思った。

 罪悪感はあった。だが、こうでもしないと俺のことを見てくれない。高臣の好みは理解しているつもりだ。だから、あえてやらせてもらう。


「――でも、安心していいよ」


 この博打、成功させてみせる。俺は練習していたとびっきりの笑顔を作った。


「絶対にお前、俺の事が一番だって思えるようになるから」


 ヒューイの涙を拭い、言葉を交わす。彼が笑顔を取り戻したところで、俺は彼に強烈な一撃を与えるべく口を開いた。


「お前のそれ逆鱗、俺の為に使わせてみせるから」


 そんな俺の言葉に対する返事は「ま、まだお前のじゃないからっ!」だった。実質、彼の敗北宣言だった。




 俺がヒューイ――高臣――にこだわり、執着しているのには理由があった。俺は、彼に救われた過去がある。彼は覚えていないが、俺にとっては重大な出来事だった。


 中学生になる直前、俺は高臣と出会った。高臣はおバカそう――実際は少し違ったが――に見えた。公園で遭遇した彼は、どうしてか公園で遊ぶ少年たちを見てにこにこしていたのだ。

 輪の中に入らず一人少し離れた場所にいる少年の姿に、俺が興味を抱くのは当然の流れだった。


「何をしてるんだ?」

「え? 見てるんだよ」


 見てる。まったく意味が分からない。ますます興味が湧いた俺は、彼にどんどん話しかける。そうしていく内に、彼が言っていたことが分かってくる。どうやら彼は言葉通り、少年たちを“見ている”らしい。

 同級生同士の熱い友情を見ているだけで幸せなのだと言う姿は、とても幸せそうに見える。当時の俺には、それがどういうことを示しているのか分からなかったが、とにかく幸せそのもので羨ましかった。


 当時の俺は両親が離婚したばかりだった。

 父親に引き取られることになり、既に中学校から新天地での生活が確定していた。中学生になり、「結婚や離婚がどういうことなのか理解できるようになる年齢だから」と話を切り出された俺は、ただ頷くことしかできなかったのだ。

 だから、こんな些細なことで幸せを感じる彼が、心底羨ましかったのだった。


「見てるだけで、いいの?」

「うん」

「何で?」


 楽しそうに過ごす輪の中に入った方が楽しいに決まっている。なのに、どうしてそんなことをするのかと聞けば、意外な答えが返ってくる。


「幸せのおすそ分けをしてもらってるんだ。俺が関わっても、笑ってくれないしさ。だったらこうして外側から見守った方が、みんなが幸せになれる」

「外側から、見守る?」

「うん。俺が幸せにできないなら、見守れば良いんだ」


 新しい考え方だった。俺には思いつきそうにないそれを聞いた瞬間、両親の姿が頭の中にパッと浮かんだ。その時に閃いたのだ。両親の離婚を祝福し、彼らを見守ろうと。

 俺は彼らを幸せにすることができなかった。俺の存在は“両親にとっての幸せ”にはなれなかったのだ。それならば、俺は自分から積極的に二人のことをどうにか繋ぎ止めようとせず、それぞれの幸せを見守って“幸せのおすそ分け”をしてもらえば良いのだ。


「高臣、お前……最初の印象ではどうかと思ったけど、頭良いな」 

「褒められてる気がしないよ」

「あれ? でもさ……高臣は、誰かからの幸せのおすそ分け以外で、誰かに幸せにしてもらうことってあるのか?」

「あ」


 気づいてなかったのかよ。やっぱりおバカかも。遼一は思わず笑ってしまった。


「何で笑うんだよ、リョーイチ!」

「あー、うん。何か、分かったかも」

「はぁっ!?」


 何だ。こいつ、人の幸せしか考えてないんじゃん。幸せのおすそ分けをもらっているから幸せなんだとか言ってるけど、実際に自分が幸せにされる側になるかどうかについては無頓着なんだ。

 ふと、一つの考えが浮かんだ。両親の幸せを見届けたら、俺はこのおバカな存在を幸せにしたい。目の前で俺の言動にぷんすかしている可愛い少年を、自分の力で満面の笑みにしてやりたい。


「なあ、高臣」

「何だよ!」


 俺に馬鹿にされていると思っているらしい彼が、とげとげしくも律儀に返事をした。


「俺がお前のことを幸せにしてやるよ。でも、その前に幸せを見届けなきゃいけない相手がいるから、少し待っててくれるか?」

「俺を幸せにしたいのか?」


 不思議そうに首を傾げる少年に、俺は彼の頭を撫でながら言った。


「うん。人の幸せのおすそ分けで楽しめるのは素敵なことだけど、俺は高臣の幸せな姿が見たいんだ」

「リョーイチは変わってるな」

「高臣が俺に、とっても大切なことを教えてくれたから、お礼がしたいだけだ」

「……ふぅん」


 ひねくれた返事をしてくる高臣だったが、ちょっとだけ嬉しそうに口元をむにゅりと動かしたのを、俺は見逃さなかった。




 それから、俺は両親が再婚相手を見つけて幸せになるまで、彼らの幸せを願って見守り続けた。二人とも、俺に申し訳ないと言いながらも新たに愛する人を見つけて幸せそうに笑っていたのが印象に残っている。

 両親の離婚で腐ることなく、こうして大人になれたのは、高臣の存在があったからだ。

 いつになるかは分からないが、絶対にこいつを幸せにしてみせる。その決意は今も変わらずに俺の中に存在しているのだった。

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