第2話 お気楽テンションはどこまでも続く


「俺は、主人公が攻略キャラとイチャイチャしてるのが、見たい……っ!」


 隠しキャラの顔で、ファンもガッカリな発言をした。だって俺、腐男子だもん。学生の頃からフリーのBLゲームを作ってて、それが認められてゲーム会社――と言っても規模は小さいが――に就職が決まったんだもん。


「あ、でも攻略キャラ同士がイチャイチャしてても良いな。特に俺がシナリオ書いたキャラがどんな形でも幸せになってくれたら俺も幸せだ」


 俺自身がそのイチャイチャをする側になりたいわけじゃない。そういう“誰かとイチャイチャすること”には憧れがあるけど、多分俺はそういう感じじゃない。


「……ん? 俺、もしかして特等席であの世界を楽しめるんじゃないか?」


 あーあ、気づいちゃった。隠しキャラになったということは、メインの三人と繋がっているということだ。つまり、主人公がその内の誰かと仲良くなれば……。


「ふふふふふふふ……勝ったな」


 俺は隠しキャラとして有り得ない表情でにやにやとしていた。前世の記憶を思い出したせいで、自分の置かれている状況をすっかり忘れたまま。




「それでは、恙無く選考が行われますように」

お決まりの台詞で王子様のパートナー探しが始まった。ガツガツしている何人かがあいつの方へと一目散に走っていく。


「……あぁいう品がないのは、駄目だろうになー」

「相変わらずだな、ヒューイ」

「おう、ブライアン。護衛しなくて良いのか?」

「問題ない。アレがいる」


すっとさりげなく俺の隣に現れたのは、王子の護衛みたいな男。いや、実際護衛……なんだよな。友人関係ではあるけど。第一騎士団の騎士団長の息子だ。親の七光りとは言わせないだけの実力がある。因みにアレとは――


「頭が高いわよ、卑しい子たち」


 男性棟のはずなのに、一人だけ美女がいる。すらりとした艶やかな髪の毛に、切れ長の目が大人っぽさを醸し出している。シンプルだが気品のある布地に、男性の特徴を全て打ち消す為に工夫を凝らしたデザインのドレス。

 ジェスローが身につけているのは、俺の母親の実家が運営している商会のブランドだ。どんなゴリラでも着こなせる。それが売りのブランド――あ、因みにここにゴリラって動物は存在しなくて……俺が勝手に言ってるだけ――で、あんな風に美しいお嬢様になっている彼も、脱げば普通にいい感じに仕上がった肉体が出てくる。


 もうね、意外に仕上がってる肉体が披露されるスチルシーンとか、マジで見たい。生で見れるなら、心の底から見たい。

 まあ、つまりあれが俺がシナリオを組んだ攻略キャラ、ジェスロー・キーランだ。悪役令息そのもので、シナリオによっては悪役令息として退場することになるのだが……実際は良い奴だ。

 良い奴って断言して良いのかは……ちょっと、分かんないけど。ジェスローは、悪役令息役を買って出ている部分がある。確かにアルバートへの並々ならぬ執着は、ある。だがそれは次期君主としてのもので。

 これ、ガチの悪役令息じゃないから賛否両論ある気がしてドキドキしてたんだよな。リリース直前に転生したから結果は分からずじまいだ。あー……結果だけでも、知りたい!


「血筋は仕方がないわ。けれど、それを冗長させるような振る舞い。下品極まりないわ。お下がりなさい」


 ジェスローは取り繕うことなく、テノールボイスで花に群がってきていた虫へ優雅な言葉を放つ。かっこいいな。これが生で見れるなんて、俺はなんて幸せ者なんだろうか。


「アルバート様、優しいのはあなたの素敵なところだけれど、こういうわけの分からない人にはちゃんと言葉で伝えないと駄目よ」

「はは、いつも以上に気合が入ってるな。ジェス」

「わたくしは、いつだってあなたの為に生きておりますのよ!」


 気持ちは我が子だ。うぅん……やっぱり良い子だ! 俺はジェスローとアルバートの会話に感激していて、隣にいる友人の存在をすっかり忘れていた。


「そんなにあの二人が心配か?」

「へぁっ!?」

「何だよその反応……くく……っ」


 驚きのあまりに変な声を出した俺を、ブライアンが笑う。悪かったな、俺は複数の物事を同時に進行させるほどの優秀さはねぇよ。

 俺はジェスローとアルバートの会話を見つめながら、口を開く。


「突然話しかけるお前が悪いんだろ? 二人っていうか、三人っていうか……だって、ジェスはやり過ぎちゃいそうだし、アルは分かってなさそうだし……」


 俺の言葉を聞いてブライアンが確かにな、とため息を吐いた。そうだろう? 心配になるだろう?


「ああ。だが、心配と言えば……あそこにいる彼」


 ブライアンがそっと視線で示した先には、ユーゴがいた。ユーゴ・ラティマー、またの名を主人公。俺がこの世界について思い出した原因である。


「えっと、ユーゴだったっけ?」

「そう。ラティマーだ」

「やけに落ち着いていて、逆に目立っている」

「……確かに」


 そう言われてみると、俺が知っているシナリオの主人公とは動きが違う。違う意味で不安になってきた……。

 そろそろ、ユーゴが「どうしてここに女性が!?」って驚くシーンになるはずなんだけど。

 ほら、そろそろ言えよ。


「……」


 言えってば! 近づくとか、近づかないとか、ユーゴと誰かのイチャイチャがみたいだとか、そういうのとはまた違う感じの焦りが生まれる。

 話が進まないぞ、このままじゃ!

 俺はギラギラとした視線でユーゴを見つめた。ほら、言え。「どうしてここに女性が!?」だ。簡単だろ? ほら。

 ユーゴがジェスローとアルバートのことを交互にみやり――そして、なぜか俺の方を見た。はぁ!? 何で俺を見る!?


「……熱視線を送るから、そうなる」

「俺が悪いのっ!?」


 耳打ちしてくるブライアンとこそこそとやり取りをしていると、ユーゴは諦めたように小さくため息を吐いた。ええ……? 俺、何かした? 

 そもそも、俺とユーゴのこんなやり取りはシナリオに存在しない。ユーゴが俺を認識するのは、もっと後のはずだ。

 あぁ、もう。とにかく早く、言え!


「……あの、どうしてここに女性が?」


 うっわー……超棒読み。どういうことだ? テンションも低いじゃんか。


「見て分からない? わたくしは、男よ」


 あぁー! ジェスローのセリフまでなんか変になってるぅー!!!


「……ヒューイ、大丈夫か?」

「大丈夫、じゃ……ない、かも……」


 心配そうに肩を抱き寄せてくるブライアンに身を任せて、俺はため息を吐くのだった。

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